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2007年9月30日 (日)

祖国

ミィヤンマーで一人のジャーナリストが射殺された。
この人物の詳しい事は知らない。

開高が戦争が激化するベトナムへ赴いた事に
思想家 吉本隆明は激怒する。
戦争と言うものをわざわざ体験しに行くとは何事か!
と言うことであるが、この怒りは実は根が深く
開高が60年に中国へ日本文学交流大使として行き、
毛沢東などと笑顔で握手しているあたりから始まっている
のでは無いだろうか。
吉本には、その行為は思想ある行動からはほど遠いものであった
のだろう。

開高はなぜベトナムに行ったのであろうか。
あらゆる可能性を入れ煮詰めてしまうと、
開高は祖国を探しにベトナムに行ったのでは無いだろうか
とぼんやり考え始めた。

うまく説明出来ない。

私は先日18年ぶりに故郷を歩いた。
変わり果て断片的にしか故郷であると言う実感を
味わう事が出来なかった。

とてつもない空虚感に襲われ、なぜか平和の極みにある
日本がそしてカナダが嫌になったのだ。
そしてどうしてか、極端な環境にこの身を置かなければ
この呪文から逃れる事が出来ない。。そんな恐怖に
支配されたのである。

ばかばかしい話ではあるが、痛感により過去の自分や
自分を取り巻く環境を肯定したいと願ってしまったのだ。

つまり平和ボケの極みがおのれそのものである事に気付き
身悶えたのだ。命からがら祖国に生き帰り、その安堵
を噛み締めることでしか、自分で美化し、勝手に作り
出した架空のセピア色の祖国に会えない気がしたのだ。

身近な人たちを愛する事から始めれば起こりもしない
馬鹿げた感傷である。

馬鹿はいつまで経っても馬鹿のままである。

9月30日

私が十代の半ばに聞いていたカセットテープが
まだ日本の実家に残っていた。

JEFF BECKの「OLA」とAL KOOPERの
「SUPER SESSION」,HFサクセションの
「ぼくの好きな先生」、そして当時遊んでいた
バンドのデモテープである。驚いた事に
「アキレス最後の戦い」「あなたがここにいてほしい」
を演奏している。

私は「昔と何も変わっちゃいない。。」と言うサラリーマンドラマ
の1シーンの様な感傷が嫌いである。
そんなに学生や若い時が良かったのか?
と言う妬みみたいなものがあるのだろう。

突き詰めると希望は変化の中にしか無いはずだ。

しかし、これを聞いていてあの詩が蘇った。

我々は来る年も来る年も金魚鉢を泳ぐ2つの魂にすぎない。
古びた変わらないコースを走る中で、見つけたものは何なのか。。
古びた変わらない恐怖。。。
だから、
あなたがここにいてほしい。

ロジャー ウォーターズ

一度は呪い、封じ込めた詩であるのに。

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2007年9月29日 (土)

9月29日

バンクーバーの南にスティーブストンと言う小さな
港町がある。かつて和歌山から移住して来た
日系移民の漁師町である。
戦時中、家や船などを没収され強制キャンプに送られる
と言う悲しい歴史をたどる町でもあった。

和歌山の漁師移民が多いのはその貧困からだと何度も
読み、また日系人たちから聞かされて来た。
しかし、1800年代後期、1900年代の初頭に貧しい
寒村は日本の至る所にあったはずである。
どうしてもこの和歌山県人の移民理由説に
納得がいかなかった。

野村祐三氏の様なジャーナリズムに出会う喜びは大きい。
氏の経験と文章の裏付けにリポートと言うもののあり方を
いつも考えさせられる。
私はいつも4〜5冊の本を同時に読む。
気分を変えたくなるのでそうするのだが、この野村氏の
リポートは久しぶりに浮気せず、いっきに読んでしまった。

氏の「豪快にっぽん漁師料理」と言うリポートを読み、この
答えを見つけた。紀州の漁師たちが移動し続ける天性の
放浪性と必然性、そしてその能力が事細かく説明してある。

宮本常一などの書籍を読むと明治時代くらいまで日本国内
でも他郷の民との言葉の違いによる意思伝達の難しさは
相当なものであったとある。しかし、漁法にたけた紀州漁師は
黒潮に乗り日本の海岸線をくまなく旅をし、知らぬ土地に
定住している。

ここからは私の推測だが、
この気質や風土が和歌山県人、ことに紀州漁師を
海外に向かわせ、その漁法や技術を世界に紹介させた
のでは無いだろうか。もうすこし勉強して行けば必ず
私が主観と取れる人物に出会う事だろう。その人物の人生
に置いてこの仮説を自分なりに消化出来るのだろう。
求めて動いていればその人物は実在、書籍の中を問わず
必ず現れる。それが起こった時、和歌山と言う土地を旅して
みたい。

この野村氏が強く言い放つ箇所が印象的である。
物や金を持たない者が他の土地で受け入れられるには、
秀でた技術と能力を必要とする。そしてそれを伝え、教える
と言う影響力が新天地で受け入れられる大きな鍵になる
と言う身震いする様な指摘である。

「FREE TRADE」と言うのはやはり言葉の矛盾であるようだ。

機会あれば今度は福島県からカナダに多く移民した
会津藩の人々の苦汁の話を書いてみたい。

2007年9月28日 (金)

9月28日

聖書ではキリストを魚として表した箇所がある。

魚はキリストのシンボルなのである。

北米をドライブしていると車の後ろに魚のカタチの
ステッカーを貼って走っている車を見かける。
「私はクリスチャンです。進化論は信じてませんよ。。」
と公言している訳である。進化論では聖書の辻褄が
合わないのである。

それに対して魚に足が付いているステッカーを付けた
車を運転している輩もいる。
「私はクリスチャンではありません。進化論を信じてますよ。。」
と反論しているのである。
つまり魚に足が生えて両生類になり、やがて肺が出来てと言う
ダーウィニズムを言っているのである。

ただ、この2者は過激に対立していない。
例え駐車場でかち合わせても、殴りあったり、踏み絵してみせたり、
聖水をかけたりする訳ではない。言わば軽いジョークである。

信仰。。。。
信じるものと信じないものであれば、信じるものの方が強く
過激である。

身近に接した死者の霊や魂を信じる日本の信仰(?)と
会った事も無い自分とは全く関係のない神の使者
を崇める信仰では、この後者の方がより狂信的で
過激なのはどうしてなのだろう。

罪を背負った一人の男、しかも過去に生きた自分とは
何の接点も無い男のストーリーである。主観として捉えようが
無いはずである。

事にそれがこれまで大した苦しみを経験した事が無いと
公然と言い切ってしまえる人間、もしかしたら自分は相当
ラッキーな奴なのではないかと考えている人間により
信じられている場合、殊の外、難解である。

会った事も無い者のしかもその銅像や絵が涙を落とし、
血を流す事を主観として捉えようとする。。。
これが信仰である。


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2007年9月27日 (木)

9月27日

何人もの人の手を経て1ピースが仕上がる。

そこには濃縮された歴史、経験、感性、そして希望が
宿っている。

デザインはそれぞれに解け合いバランスを作り出すが、
その線のひとつひとつに気が遠くなるようなプロセスが
費やされている。

我々以上にこのピースを愛する人間は今のところ、この世には
存在しない。


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2007年9月26日 (水)

9月26日

森を歩いている時、時々見かける光景である。
切り株の真ん中が腐り、ボウル状になっているのである。
降り続いた雨の後、たっぷりと水を貯めているのだ。

もし森で迷い方角も定かでなく、太陽も探せぬ曇った日に
落ち葉に乗せた棒状のピンなどをこの水の上に
浮かべると必ずそれは南北を示してくれる。

そんな事を考えながら森を散策するのは事の他、
楽しいものである。

しかし、腐りの早い辺材が残り、強い芯材が朽ち果てて
いるのに不思議を感じないだろうか。

私が考えるに、この切り口には少しくぼみが出来ていた
のである。そこに雨水が溜まり、芯材を朽ちさせたのでは
無いかと仮説を立ててみる。

外部に面し、立て使いに使われた材の木口は気を付けねば
ならない。キャプなどを被せないのであれば、水が滑る様に
カットし、木口をシールする塗料なども必要であろう。


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2007年9月25日 (火)

9月25日

何年か前にニューヨーク在住の韓国人投資家
と出会い、その方の招待で韓国へ行った事がある。

投資家の彼はこれから起こる韓国の住宅&リゾート
開発の可能性を興奮しながら語っていた。

同行したアメリカの大手ハウスメーカーの会社も
すでに大きな資金を出し、このプロジェクトの可能性
に賭けていた。

私はソウルでの1日目から何処か高ぶっていない自分に
気が付いていた。

スピリットとしての、ライフスタイルとしての、アメリカン
ヒストリーとしてのログ&ティンバーがこの国に浸透するのに
大きな時間が掛かるな。。。と感じていたのである。

ある種の人種や国民は、スタイルとしてのスキーをしない。
哲学としての釣りをしない。伝統としてのハンティングをしない。
静寂としてのアウトドアを求めない。ヘミングウェイや
マーク  トウェインを主観として読まない。
おやじが履き潰したデニムやブーツを愛さない。

韓国でとうとうスピリットとしてのログ&ティンバーに出会え無かった。

私でなくてもいい。私の作るものでなくてもいい。
そう感じた。

十何年ぶりにノミのセットを新調した。
私は優れた日本のノミで無くても良いと考えている。
少し柔らかい鉄を使用した洋ノミは我々が使用する粘りのある
シーダーには事の他、刃当たりが良いと感じている。

そして何より工芸品としての道具を愛する。
すこし不便だが、その短所を知りながらも、その物が持つ
美しさを感じながら作業をしたいと願っている。

私に取って木工とは今だ「仕事」に成り切ってはいない。
そして「仕事」が「仕事」に成り切った時、私がそこを去る時
である。


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2007年9月23日 (日)

9月23日

Jホームズさんの階段には定評がある。
私にも好きな階段のひとつに入る。

時々、何かもっと会社の個性を出せる階段のアイデア
は無いか?と聞かれる。

では、踊り場にテーマを作ってはどうか?
レンガ、タイル、石、古材と言う素材から形状まで
無限の可能性とアイデアを秘めていないか。

踊り場は面積的に非常に狭いため、コストも気にならない
だろう。

木の家だから木だけでやると言うのも悪く無いが、
タイムレスな素材ならば必ずラスティクなログや
ティンバーの階段とマッチするに違いない。

そしてはっきりと見えているのだが、時代を超えた
マテリアルやスタイルの中に、個性と言うものを
作り出せるのである。

どのように掛け合わすか。。そこが個性である。

この写真は私のオフィスに上がる階段である。


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2007年9月22日 (土)

9月22日

夢木香様からご依頼頂いた
カービングが出来上がった。

彫刻家コーノさんの感性がまたしても光る。

丸太を使用した彫刻はやはり何処と無くラグで
愛敬があってほしい。

見事にそのテーマをクリアした作品であろう。
それでいて、精密さやスケール感も失っていない。

良い作品である。

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2007年9月21日 (金)

9月21日

事故と保険と言う問題について考える。
防いでも起こるのが事故であるのならば、
その対処に多くの力と資金を掛けようと言うのが
資本主義的な考えである。

そこでバランスが取れるのであれば良いじゃないか
と言うのがボトムラインである。

破損、欠品は必ず出るし、お客様が商品やサービスで
不平、不満を持たれるのは当たり前だと言う事を
前提に商売展開を繰り広げ、世界一位に伸し上がった
巨大デパート「ウォールマート」。

店に入ると「文句のある奴は最初から言え!」または
「店に入るならスッキリしてから入店願います。」
とばかりにまずクレームカウンターがある。

そこで無条件に商品交換や返金を行なってくれる。
時にはその理由も聞かれない。

これでこの会社は伸し上がった。
これで集客した。これで信用を付けた。
これは「事故と保険」と言うテーマに置ける買う側の
最高のシナリオを提供した事になる。

今日2つ程、保険屋とアポが入っている。
自分が築き上げたもの、手に入れたものは不変であり
普遍であると仮定したナンセンスにまた膨大な
金を払う事なりそうだ。

周りから見るとそんなもの誰も価値を見てないのでは無いか、
と思える様なものであろうに。。

本当の保険とはまず、事故の応急処置であり、それを
活用させる柔軟な思考力であり、それを裏付ける経験と
知識であろう。
そしてそれが起こるかも知れないと言う深い想像力である
はずなのに。。。。

2007年9月20日 (木)

9月20日

自己を直視するまとまった時間を持った。
自己と自我を拾い集める時間を持ったと言う
べきであろうか。

そしてその解決、解答、解放として「個」になる
必要性を多く感じた。

私の場合、その「個」とは「知的孤立」もしくは
「知的独立」でありたいと願うステージにしかない。

「個」を獲得するには今の私には3つの要素が必要な気がした。

1、バランスが取れてはいるが何処か熱狂的な仕事
2、規則正しい生活ー家族との時間
3、継続する「知」への欲求

あまり自己を重視してしまうと「個」になれないであろう。

その先に「自由」と言うものが見え隠れする。。。
そんなところへ早く行きたいものである。

2007年9月11日 (火)

お詫び

業者の皆様へ

急遽、大岩は1週間程、事務所を空けます。

現場は通常どおり動いております。

お急ぎのご連絡はファックスにてお問い合わせください。

ご迷惑お掛けいたします。

読者の皆様へ

いつも有り難うございます。

1週間ほどお休みさせて頂きます。

すみません。

BIGROCK

大岩

2007年9月10日 (月)

時効警察

先日、オダギリジョーと言う人が出ている
「時効警察」と言うドラマを1話観た。

その一話だけを始めて見たのであるが、そこに十何年前
であろうか、私が刻ませて頂いたP&Bの家が出ていて
感動した。

東京の老舗 アルファフォア様の作品なのだが、
年月の経過で本当に素敵な家になっていた。

当時、本当に良い家だな、さすがアルファフォアさんだなと
感心して刻まして頂いたが、やはり良い家は更に良い家に
なっていた。

ああ。。。良い歳の取り方してくれたな。。。

うれしかった。

2007年9月 9日 (日)

Home Steader

突き詰めて行けばダブテイルの正当な形とは
総二階のログ組、石積みの暖炉、そして長手方向に
デッキを覆うゲヤと言うものになる。

つまりイーストコーストから中部までに多く見られる
ホームステッドのスタイルである。

この大陸は統治後、区画整理を行ない、
区切った大きな土地を農地用に切り売りして行く。

いわゆるホームステッドである。
フロンティアから1歩進んだこの時期からは
すばらしい文化や物が生まれて行く。

私に取ってその最たるものはこの2階建ての
ダブティルである。
これはもうシェルターではない。
新大陸のスピリットとスタイルを誇りながらも、
移住空間を考え、多く用意された部屋にはゲストを
迎える余裕を持つ。

ログハウスとはこの辺から始まっているはずである。

これを再現するのは、すこし骨が折れる。
法律の問題もあろう。雨漏りの心配もあろう。
パイプなんか吹かさなければ格好が付きまい。
弁当箱もツルで編んだ籠となろう。
サスペンダーも新品では気恥ずかしい。
あなたが弾くバイオリンで娘達が踊ってくれるのか
と言う不安も湧こう。
そして、隣に安藤忠雄がミキサー車を送り込んで
来ないかビクビクもしよう。
昔のお前を知っていると言って現れた敵の為に、
防衛も必要であろう。

それを超えてでも暮らしたいではないか、
こんな家に。

もう、
やっちゃえば !!

Jonesfront3

2007年9月 8日 (土)

無題

ニュースで引っ越しセンターの社長が自殺した
記事を読んだ。

私は自殺を「愚」と決めつけたりしていない。
ヒルティが書いた様に「この地上では現実に幸福は
みつからないものだと完全に確信した瞬間は、およそ
人が経験するもっとも痛ましい瞬間である」と実感して
しまう人間は多く存在するのでは無いか。

それでも、五木寛之的に「ぶざまでも良いから生きろ」
とは言えない。

なぜ言えないかと言うとこの五木氏の言葉が響く人物とは、
まず自分自身を今の現状で生きる事を許せる「資質」を
持っていると言う前提があるからだ。厳密に言えば
その「資質」を与えられて育った人間であると言う事。

この社長は2代目だと言う。どれほどプレッシャーを子供の
時から受けて育ったか容易に想像出来る。
つまり、いつも今の自分ではダメだった訳である。自己が
否定され自我が破壊されていたはずだ。

世の中の勝ち組と呼ばれる人間にはゴールが無い。
何を得ても次のものが欲しくなる。それは、「現状で満足する
など何事か!」と育てられたからである。

私は娘を「あなたはあなたのままで良いんだ」と育ててみようと
思う。私のような人間には大きなチャレンジである。
そこには、娘に私の様に生きて欲しく無いと切な想いが
込められている。

万が一ではあるが、質素で謙虚な生活を生きる自分のままで良いと
判断してくれるかも知れないから。。。

と言う意味で、私は世の中の社長とか、有名人とか作家とか
アチーバーとか努力する人とか、全然憧れていない。
突き詰めれば利己主義であり、うさんくさい。

私が尊敬し、憧れて止まないのはいわゆる、ぼーっとした
人である。
その人にはそれで良いと育てられた海の様に深く広い
愛が根本に流れているはずである。
その人は何を愛し、何を愛さなくて良いか知っているから、
あなたに媚びないのだ。
つまり強いと言う事である。

こんなブログ書く奴は特にうさんくさい訳である。

ken 's curl

新潟県のスクエアログホームズさん
ハンドカットのファイナルタッチに入る。

スクエア様に出させて頂く2棟目となったが
渡部社長の情熱に我々も多いに感化され、
随所に美しいデザインの散らばるハンドとなった。

名ビルダー  kenサイトー氏による曲線が何とも美しい。

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2007年9月 7日 (金)

交点

交わりたいのか、
交わらせたいのか、
交わりたく無いのか、
本日は摑めず。

明確にアウトサイダーである方がいい。

そこに異邦人である意味が存在する。

「うっすら」では意味が無い。

本日はデザイン、
煮詰まらず。。。。

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2007年9月 2日 (日)

川の流れのように

言語学とは本当にすばらしい学問であると思う。
人類や民族の足跡や移動の流れを知る貴重な
資料として、その推測の裏付けを行なってくれる。

イザベル フォンセーカの「立ったまま埋めてくれ」
を読む。
私がジプシーに興味を持ったのはヨーロッパの友人の
一言であった。彼らを「ヒンズー達」と呼んだのである。
ヒンズー?。。。インド人?。。。ジプシーってインド人なの?

北インドを追放されたヒンズーのインド人達は何世紀に
も渡り世界を放浪する。流浪の民ゆえ、シンボルを持たず、
ヒーローや救世主もいない。虐げられた民の多くがそう
である様に教えは口伝やジェスチャー、
そしてサインやしらべを使い、その中にたくさんの隠語や
掛詞が隠される。極めて足取りの追求の難しい民であった。

しかし、ジプシーの言葉にはパンジャビなど北インドの言葉と
同音語、同意語が多い事を言語学者が発見する。
ここからそのルーツが明らかになるのである。
しかし。。。
聖書の誤りすら正す事では無いか、これは。
世紀を掛けたこの「えん罪」はどうするのだろう。。。。

北米インンディアンの民族移動の流れが興味深い。
例えばアメリカ南西部のインディアン「ナバホ族」。
その戦闘性や独特の文化で有名であるが、各地の
インデァインの言葉をしらべて行くとどの様な経路を辿り、
南下したのか解るのである。
アラスカからユーコン、そしてBC州に南下し、ワシントン、
オレゴンなどを経て、南部に辿り着いている事が
「言語学」と言う観点から明らかになって行く。
その各地に住むインディアンに共通の言語が
存在するのである。

我々ひとりひとりの人生とははかなく、短いものであろう。
日常ではただ、そのひとりの人生観だけで生きている。
ひとりを生き切る事で精一杯なのである。
しかし、そのかたまりとはどれほどに大きな流れであろう。
その流れが絶える事は無く、目的地が決まって
いる訳でもない。

そう考えた時、人々とは何と美しいことか。

2007年9月 1日 (土)

スペーサーはそのままに

木彩工房の辻さんと内陸を旅した時に
見つけたオールドダブテイルバーン。

ログの壁の中に打ち込まれたクサビのスペーサー
をそのまま残しチンクされた哀愁の一品。

クラシカルバーンレッドのカラーと湿った空気、
そして馬達の憂鬱が相俟った極上のひと時。

こんなバーンで、
泥と雨、冬の到来の気配にまみれ、きつい一日の労働
を終える。

真っ白な雪の世界を楽しみにしてはいるけれど、
もう春の事を考えている。
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