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2007年12月31日 (月)

12月31日

ブログ読者の皆さまへ

今年も私のくだらない粗文、ボヤキにお付き合い頂き、
誠に有り難うございました。

来年は、もっと有益なカナダの情報をお届けしたい
と思います。

どうぞ、良いお年をお迎え下さい。


業者、お客様の皆様へ

今年も本当にお世話になりました。

カナダドルが高騰する中、変わらぬ御贔屓を頂き
誠に有り難うございました。

2008年も皆様のご期待に添えるべく、懸命の
努力を致す所在でございますので、何卒よろしく
お願い申し上げます。

それではご一同様、良き新年をお迎え頂きますこと、
謹んでお喜び申し上げます。

BIGROCK HOMES

代表 大岩俊行

2007年12月28日 (金)

12月28日

風呂に浸かりながら星を見上げ、とある映画の
1シーンを思い出す。

天体に住む高度な文明を持つ異星人たちの
社会のあり方をジャック ニコルソンは淡々と
デニス ホッパーに説明する。

そんな事を思い出しながら、
幻の文明インカやアステカにも争いや奪い合い
と言うものは無かったと言う説に想いを巡らす。

タイムリーにその夜読んだ宮沢賢治の
「なめとこ山のくま」にも同じ様な事が書かれていた。

きつねは漁師に負け、漁師はだんなに負けると決まって
いる。だんなは町のみんなの中にいるから、なかなか
くまに食われない。
けれどもこんなずるいやつは、世界がだんだん進歩
すると、ひとりで消えてなくなっていく。

民主主義も社会主義も個人主義ですら、ごく近代の
あたらしい考え方に過ぎない。

本当の真実を啓示する者は、現在ではまだ
「すこし頭のおかしな奴」となるのだろうか。。。
と宮沢賢治を考える時、思ってしまう。


2007年12月27日 (木)

12月27日

昨夜、カナダ アルバーター州とアメリカモンタナ州
国境を股がるウォータートン国立公園の環境問題を
扱った番組を見た。

広いエリアを必要とする熊やオオカミなどの野生動物
と広大な土地で牛の放牧を行なうランチャーとの
折り合いをどう付けるかと言う難しい問題に焦点を
宛てた構成で番組は展開されて行く。

ひとつ印象的な箇所があった。
その地のインディアンは青年になると、ある儀式を
行なったとある。

この地は白人がやって来る遥か昔から彼らの聖地であった。

その高い山の頂きには彼らが積み上げた石がの凹みがあり、
男になるインディアンの青年はひとりその山頂に
登り、凹みに体を横たえ何日も絶食したと言う。

それはクリアな動物のビジョンが現れるまで続けられる
と言う。
そこで現れた動物はその青年の守護神となり一生その
男を守るとされている。

絶食の中でマインドはどんどんクリアになり、剥き出しの
山頂は命を守る屋根も壁も火もない。
シャーマニズムの本質を疑いなく受け入れる事になる。

何と言う生き方であろう。。。

我々が信じた必要なものとは、それが必要であると 
信じ込まされた情報と言う名の脅威で有る事がわかる。

同じ時期に同じ法則で同じものを欲しがると言う傾向は
近代、顕著に寸分狂わず起こっている事が気になった。

これはこれから、我々に何を示すのだろう。
考える必要がありそうだ。

2007年12月26日 (水)

12月25日

バーンでクリスマスパーティーをやった。

BIGROCKのスタッフの1年の労をねぎらい、
大切な友人をもてなす。

素敵なサンタも現れ、子供達も大喜びであった。
疑いなく本物のサンタと信じ込んでくれたようだ。

急いで作ったデスクやパブテーブルがこの日まで
に間に合って良かった。

それでは、もう一度。

メリークリスマス!


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2007年12月23日 (日)

断食はしたし。。

山折哲雄氏の「早朝坐禅」を読む。

この手の本に手が伸びるのは生活の不摂生を
自ら告白したと言う事である。

この中で断食を薦める章があった。
いいらしい、この断食。

昔、灰谷健次郎氏の本で断食を詳しく説明した
ものを読んで試してみたが1日しか持たなかった。

辛いのである。空腹が。
しかし、その辛い2日間を乗り越えると清々しい
爽やかさが待っていると言う。
心身ともに生まれ変われると言う。

ちょうど休みであるし、試してみようか。。

12月23日

グーグルアースを意識したこの伐採は
いかがなものだろう。。

でも、切ったら植えて下さいよ。


Treelog

2007年12月22日 (土)

クリスマスホリデーのお知らせ

カナダ現場は以下の期間、クリスマスホリデーに入ります。

期間中ご迷惑を御掛けいたします。

12月24日〜1月1日まで。

来年の始業は1月2日からとなります。

12月22日

森で木々を見る時、木を相手に作業をする時、
色々な感情が起こる。

しかし、やはり「不自由なんだな。。」と言うのが
正直な感想である。

風や動物に運ばれた種は意志とは関係なく落ちたその地で
生きる事を余儀なくされる。

大木の上に根を這ったり、無事に地に根を這てれも
枯れた隣木が倒れて来る。
木は移動したり、それを手で払い落とす事は出来ない。

誠に書き尽くされた自然賛美ではあるが、
やはりこの「受け入れるだけ」の強さを見せつけられた
時、もの想わずにはおられない。

私が知らないだけで、少なからずもこの様に生きている
人もいるのだろう。
出会え無いのは自分がそこから遠いところに
居るからであろう。

ん? 誰? 君?
いや、いや。。君の事じゃ、無いでしょ。きっと。


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2007年12月21日 (金)

12月21日

木こり達が森に入り何週間から時には何ヶ月も
その土地の木を伐採する。
「ロギングキャンプ」である。

移動式のトレイラー、大型発電機を運び込み、
数日で見事なベースキャンプを作ってしまう。

木こりはもちろんの事、調理人、メカニック、
医療班、各種特殊重機オペレーターと言うプロ中の
プロ達が僻地の荒野で木を切り倒し運び出す。
時にはその地で製材を行なってしまう。

用意する重機も各種4輪駆動からキャタピラ、
船そしてヘリコプターと小学生の男の子なら
興奮して眠れないようなBIG TOY達が並ぶ。

そして男達は降り掛かる全ての条件や天災を克服
する術を知っている。

川があれば丸太をノッチで頑丈に組み上げ
橋桁とし、そこに極太丸太を渡して橋を
作ってしまう。

この豪快さを味わうともう。。。
町の刺激では満足出来なくなる。

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2007年12月20日 (木)

12月20日

昨日は素敵な1日であった。

良く仕事がはかどった。
夕方まで仕事をして、いつもより早く家に帰った。
ココアを飲んで、そして夕食まで木工をした。
夕食後もすこし木工をした。

そして岩波文庫から出ている平井正穂氏編集の
「イギリス名詩選」と言う良い詩集を読む。

この本の素晴らしいところはそのバラエティー溢れる
詩人達の選択もさることながら、
見開きの構成になっており、左に英語のオリジナル、
右にすばらしい和訳があり、なお下にはその詩人の
経歴やその詩のエピソードが付け加えられている。
おまけに使用英語古語の解説まであるのだ。
これで660円である!(今いくらなのかは知りません)
つまり、
旅や山歩きに是非持ち歩きたい1品になのだ。
その日の気分で英語のオリジナルに挑戦したみたり、
和訳で主観的に読んだり、両方を比べその訳を
考えてみたりと楽しみが尽きない。

私は誰とも戦わなかった、争う相手がいなかったから。
私は自然を愛し、その次に芸術を愛した。
私は生命の火に両手をかざして暖めた。
その火も消えかかった。。。出掛ける時が来たようだ。

75歳のウォルター サヴィジ ランダーと言う詩人が
4行にして理想の神髄を歌い上げている。

4ラインズである。
私は果たして人生の終わりに理想をここまで煮詰められて
いるだろうか。。。。。

それだから、
良い1日であった。

2007年12月19日 (水)

12月19日

私を飼いならせたのだから、貴方。。。。

ある程度のものは飼う事が出来るでしょ。


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2007年12月18日 (火)

12月18日

何処でもよい訳では無い。
誰でもよい訳では無い。

ビンテージウッドは挽いたばかりの新材よりも
明らかに多くを主張し、要求して来る。

100歳のドア。
メキシコより来ている。
100年前のメキシコは革命の頃。

このドアはどう見ても、領主のものでは無く
革命を起こした農民のそれである。

いろいろなものが染み込んでいるかと思えば、
より美しく見えて来る。
ここにも使い古された「用の美」が存在する。

鉄と木が解け合い同化する寸前の一品。

よれよれのぺしゃんこではあるが、そう言うもの
であるから、長く対話出来そうだ。

もう100年、愛され使われる様にするのが俺の
役目である。


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2007年12月16日 (日)

12月16日

20年前に聞いていたバンドBLUE RODEOの
新譜「Small Miracles」を何故か買った。

休日であるので、工房に籠りこれを3回続けて
聞く。

CSN&Yもバーズもきちんと受け継がれていた。

懐かしさが心地良いのか、シンプルだから心地良い
のか解らないが、良い気分になり木工がはかどった。

そう言えば、
良い事もたくさんあったな。。


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2007年12月15日 (土)

12月15日

見ました「The Rape of Nanking」。。。。

感想は、考えていたものより随分フェアに作られて
いた。原本は読んでいないがこのフィルムは
そうであった。

世界に全く南京のインフォメーションを与えられて
いない人々が居たとしよう。
そしてその人たちは常識人であり、
ある程度知識人でもある。そして、裁判制度を
基本的に信じている。

その人間がこのフィルムを冷静に見てしまうと、日本は
残念ながら「負け」である。やはり南京でのホロコースト
は存在したと判断されてしまう。

それは、
2時間程に及ぶこのフィルムに最大のキーワードが
あって、その一言がすべてをこのフィルムを肯定してしまう。
「日本人よ、南京に行った兵士に直接、聞いてくれ」と言う
メッセージである。
これは、被害者(と此処では呼ぶ)が言い放つもっとも
効力のある言葉であろう。

日本がここを明白にしない限り、味方も敵も救えない。
日本が公にそれを行なわない限り、ホロコーストの
存在を認めたと世界で判断されても異論出来ないであろう。

リングに引きずり出されたのに、戦わないのだから、
「負け」となってしまうのである。

残念である。
世界にその様に解釈されてしまうのは誠に残念である。

このフィルムがハイインパクトだったのは
国際語の使用だからである。
日本国内で日本語でいくら異議を唱えていてもしょうがない。

このブログは私のビジネスとリンクする。
であるからして、ここでは私個人の意見は避けたいと思う。

フィルムを見た単純な小学生的感想文として書いた。

2007年12月14日 (金)

12月14日

アメリカを代表する女流画家ジョージア オキーフ
には幾つかの素敵な恋愛のゴシップがある。

幾つかのそれは、あのカッコいいオキーフ故に
起こりえた「さすが、ミスオキーフ!」と言いたくなる
ストーリーである。

問題は1937年に取られたこの写真だった。
オキーフは写真ではいつも難しい顔をしている。
だから、とびきりにカッコいいのだ。

しかし、この写真の彼女の顔は女のそれである。

幾つかある彼女の息子ほど年の離れた男性との
ゴシップはいつも彼女に箔を付けて来た。

しかし、最近これを撮ったAnsel Adams と言う
写真家が偶然に撮れたオキーフとCoxのショットだった
と言い、恋愛は無かったと説明した。

しかし、Adams氏よ。。。
それが真実であろうと、無かろうと、

シークレットラブはシークレットにStayすべきだろう?


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藤田様への返信

藤田様
ご無沙汰です。夢丸での受賞おめでとうございます。
私も大変喜んでおります。いっそう格好良くなった
お写真を何度も眺めています。

コメント有り難うございます。
今日、北アイルランドのリバーキーパーのおじさん
の話をテレビで見たんですね。そこで思いました。
もう移り住んじゃって、アイデンティティが
たっぷり残る文化や人々と暮らしてそれを頂戴する。
そこで始めて自分のアイデンティティを取り戻す。
この行程しか無いのかな。。って! 
日本人が日本人を演出できる舞台はもう
海外しか無いのかな。。。と。 

中高年の自殺が増えてます。これは戦後急速に
変化した文化や生活様式と換喩する部分が多いと
言う論文を良く読みます。それはそうでしょう。
しかし、私が考える日本人がアイデンティティを
失ったもうひとつの理由は、世界の中で単民族国家
として生きた来た事ではないでしょうか?
サバンナがシマウマだけで構成されていたら、
シマウマがシマウマを主張する必要性が無い。

やはり過激論になります。教育を英語で行ない、
世界に舞台を移したところで始めて日本人は
自分たちのアイデンティティを切望するのでは
ないでしょうか。。。
そこから日本固有のものが生まれる。
それを強いられている世界を舞台にしている
日本の企業がそれを証明しているように見えるのです。

2007年12月13日 (木)

12月13日

ラルフ ローレンと言う人は誠にアイデンティティを
模索した人だと思う。

当初、彼が打ち出したブランド「ポロ」はアメリカ
から遠い。このブランド名やコンセプトは彼が
そしてアメリカが持つイギリスやヨーロッパへの
コンプレックスを露にしている。
彼も突破口が必要であったのであろう。
カウボーイで攻めてもリーバイスやLeeには勝てない。
ニューヨークでヒットする何かを捜したのであろう。
なぜなら、「ポロ」は内陸では受けない。

彼はある意味「ポロ」のイメージを呪ったのであろうか。。
その後、カウボーイやアーリーアメリカンそしてインディアン
へと急速に移行する。
「本当に俺がやりたかったのはこれなんだ!」
と言わんばかりに。

これはアメリカが自分たちの歴史的アイデンティティを
主張する様になった時期と重なる。彼ら自身が「若い国アメリカ」
と言う言葉を捨てる。
自分たちにも十分に誇る歴史がある。文化がある。
と気が付いたアメリカはその後、それを過剰に押し出す
ようになる。

この10年、ラルフローレンは海外のコンセプトやスタイル
をそのまま取り入れるデザインを行なっていない。
新しい風を取り入れる時も、
アメリカつまりカウボーイやインディアンデザイン
とのハイブリッドを試みている。

ファッション界にも
ブッシュと言う男が選ばれるに至る行程を見る事が出来る。

さあ、これからどうする?
アメリカよ。

2007年12月12日 (水)

12月12日

我々がログ&ティンバーハウスの中に芸術を追求する
時、やはりアーツ&クラフトそしてアール ヌーヴォー
が到達出来る最高地点では無いだろうか。

この2007年と言う現在ではそうである。
王権やカーストを持たない我々が行使出来る芸術
はやはり庶民の芸術となる。

この2つの芸術、とくにアーツ&クラフツは
「用の美」つまり使われる芸術としてその目的
を果たして着た。

作家オスカーワイルドは芸術のあり方を「日常的に
我々を感動させる芸術を求めよ。率直に装飾的な
芸術こそ日常生活で共に生きる芸術である」と
説いた。そして繰り返されるパターンの中の色彩
やデザインを賛美した。
これは真にアーツ&クラフツそしてアール
ヌーヴォーを定義した言葉と取っても良いはずだ。

この2つのスタイルに共通するものがある。
植物である。事にフランスに渡たりアールヌーヴォー
にまで到達するとそこはもう、植物の標本博物館
のごとく、草花が形を変え造形物に変異している。

数々の芸術作品を残したエミール ガレであるが、
その試みや手法は同じ人物が残したとは思えぬ程
多種、多様性を持っているが、共通したテーマは
やはり「植物」である。勿論、その飛躍として蝶や
トンボなども出て来るが、ほ乳類までは行っていない。
(と思う。)

このガレの作品を見ていると、彼が1859年に
進化論の様なものを残しているのも頷ける。
皮肉な事にダーウィンの「種の起原」発表と同年である。

「植物」なのだ。
ほ乳類や魚ではアールヌーヴォーの確立は難しい。

線の流れを少しでも考えた事のある人間ならば
簡単に理解出来るはずである。

そしてこれはきっと音楽にも言える事では
無いのだろうか。

2007年12月11日 (火)

12月11日

昨夜、NHK特集「天才数学者はなぜ失踪したか」を見た。

面白かった。
100年間、だれも解けなかったと言う「ポアンカレ予想」
を解読したロシアの学者グレゴリ ベレリマンと言う人の
生き様とその失踪のリポートであった。

この学者の失踪は北朝鮮に拉致されたとか、KGBに放射能
を浴びさせられたとかそう言うものではない。
只、単に全ての人間関係を拒絶し、人前に表れる事を絶った
と言う意味での「失踪」である。
電話は繋がるようだった。過去の恩師からの電話連絡を
頑に拒絶していた。

ふと、気になった。
日本だから、気になった。「個」の概念の無い日本だから
特に気になった。

面会はおろか、人間関係を拒絶している人物の特集を報道が
組んでも良いのだろうか?

俗世間と言う娑婆から逃避した人間のプライバシーや個人情報
をメディアと言うものが、特集を組み番組を構成しても良いの
だろうか?

この学者はこの特集番組の存在を知らないのでは無いだろうか?
聞かされていたとしても、天才には興味の無い事なのかもしれない。
しかし、許可を得たのだろうか?この番組に置けるこの学者の
個人情報はすべて本人からで無く、外部からの入手情報であった。
だから、「個人情報」なのだ。
だから、許可が必要なのだ。

日本の「個」やプライバシーの概念は世界とはかなり
ズレている。

日本の「個」の概念は「空気を読む」と言う流行語に
凝縮されている。
合わせろ!。。。
つまり「個」は許されない悪であると言う事である。

2007年12月10日 (月)

12月10日

近所のご老人がアンティークのバーンドア用の
蝶番を下さった。

ご自分の息子さんも今、バーンを作っているのに、
それでも私に下さった。

「解る人に使ってほしい」とおっしゃった。

この蝶番が映えるドアのデザインを考えている。


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2007年12月 7日 (金)

12月7日

今年、熊を一頭も見なかった。
カナダに来て始めてである。
多い年は10何頭も出会えたのに。

森にほとんど行かなかったのだ。エマソンの言葉に
「空と森を見る。そして再び人間となるのだ。自然
の永遠の静けさのうちに彼は自己を発見する。」と
あるが、事実私は人間で無かったのかも知れない。

ログ&ティンバーハウスを売る人間が暖かい家庭
を持っていなければいけない、幸せな人間で無ければ
いけないなどと言う意見は持ち合わせいない。
しかし自然を愛する、自然を取り入れた生活を送る
もので無ければいけないと言う定義があれば納得して
しまう。

なぜ森に行かなかったのか。
答えは解っている。森との関わり方が自分の中で
変化したのだ。貪欲で無くなってしまったのだ。
釣り、ハンティング、そして目的地点を目指すと言う
目標に、いつも貪欲に森から
多くを得てやろうと言う焦りや迷いがあった。
それが消えたのだ。

そろそろ、新しい自然との関わり方が見えて来た。
ソロー、エマソン、ラスキンそしてウィンスローホーマー
やトムトムソンを持って森に行こう。

貪欲である必要は無い。
ジョージ ハーバートは「人間に仕える召使い達は
主人が気が付いていないほど多い。」と書いた。
もうたくさん自然から貰っているのだ。

秘境や冒険は要らないのかも知れない。
里の山で良いのかも知れない。

そこで沈黙の音楽を聞こう。

2007年12月 6日 (木)

12月6日

匂いとは風景を誘うものである。

昨日事務所のコーヒーがメキシカンコーヒー豆に
変わっていた。早速、入れてみると後味にメキシコ
で飲むミネラルウォーターの後味がする。
それを認識する時にはもうあの乾いた土地の殺伐やら
人々の気怠い目まなざしやら、ゴシックやコロニアルが
脳を支配し、しばし旅に出る事が出来た。

春のカナダは、雪解けの水と泥、そして牧草があたかも
日本の田植えに匂いと重なり望郷する。
少年の日、水を入れたばかりの田に入り、蛙やどじょう、
オケラなどの生き物をいっぱい捕まえた幸せが蘇る。

カナダの寒い冬に突如、ハワイから低気圧が押し寄せる。
「パイナップルエクスプレス」と呼ばれるこの現象は
カナダの気温を数時間でプラス10度以上にまで
上げてしまう。

この暖気の中にも、少年の頃日本で嗅いでいた
秋の匂いが含まれている。

あの頃の様に、瞬間瞬間をただ生きたくなる。

ああ、しかし。。。
春はまだまだ遠し。

2007年12月 5日 (水)

12月5日

私が毎号楽しみにしているフレンチの雑誌がある。
「COTEEST」。。。この雑誌の感性から多くを
学んでいる。

私がパリに留学していた時に。。。
と書きたいところだが、そんな華やかな過去がある
はずも無く、当然フレンチは読めない。

しかしこの雑誌、文字を超えた完成度を持っている。
素晴らしい書籍である。

今月号、ひとつの記事が私を興奮させた。

ニューヨークのフロアーアーティストだ。

フロアーペインティングは家に素晴らしいアクセント
を付けてくれる。しかし、このアーティストが描く
線や色は別格に美しい。

「自信が無いから、複雑なんだ」と誰かが言った。
しかし、私はこれに異論を唱える。
複雑に写るものが、その作り手の人間には極めて
シンプルであると言う事も往々にある。

やはりカルト男は叶恭子がお好みの様だ。

www.gillesgiacomotti.com/

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2007年12月 4日 (火)

12月3日

ニューメキシコ サンタフェのロレットチャペルにその
「奇跡の階段」はある。
この階段は360度を
2回転している美しい螺旋階段で、驚くことに支柱が
1本もない。伝説では、修道女達が聖ヨゼフ
(聖母マリアの夫で大工)に祈りを捧げると、
9日目に白髪の男が現れこの階段を造ったといわれる。
しかし、完成するとすぐにその男は報酬を受け取らず、
身分を明かさず姿を消してしまった。

確かに息を飲むほど精巧に出来ている。
粗末な道具のみで作られたと聞き、もう一度その観点
で鑑賞する。

こう言う場合、この謎の男はやはりヨゼフであった
と考える方が合点が行く。

1870年代のサウスウエストでこれが作られたかと
思うと更に合点が行く。

伝説や奇跡とは長い間、苦しい人々の心の拠り所であった
のだろう。

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2007年12月 2日 (日)

12月2日

「最悪を設定する」。

何か失敗や事故が起こると最悪の設定が甘かったと
自分自身に銃口を向ける。

この最悪を設定するとは具体的どの様なことか?
それは全てを疑い、信じないと言う事である。
絶対は存在しないと生きる事である。

では、誰が何処まで何を信じないまで、その査定を
下げれば良いかと言えば、子供が親を信じ無いと言えば
その査定は最低のラインまで下がったと言う事だろうか。。

世界にはこの様な子供たちで溢れているのでは
ないだろうか。。

経済と言う金儲けを取り巻く環境で役に立つのは
この様な人間である。猜疑心が強い分、慎重で
用意周到である。疑い深いので周りを良く見ている。

はたまた、
人間として心豊な生活を勝ち取るのは、この種の人間
ではない。豊かな愛に包まれて育った人間である。
しかし、こいつは経済の中で一人分の仕事しかしない。
それ以上を問われて来なかったのであるから当然である。

やはりこう考えてみて日本経済に明るい兆しは無い。

ひとつだけ光明があるとしたら、そのボンボンやお嬢に
英語と言う国際語を与えて少なくとも世界の仲間に
入れてやる事ぐらいである。

逆説的に言うと北米でヨーロッパで棒にも箸にも
掛からん奴が良い暮らしをしているのは、国際語を
話すからである。

そんな奴、
日本でもNOVAやらイーオンやらに、ごたごた居るはずである。


2007年12月 1日 (土)

12月1日

例えばこう考える事は出来ないであろうか。

15年から20年前に建てられ、放ったらかしに
されているオールドログ&ティンバーハウス。
それを特価で安く買い、リノベーションして暮らす。

磨けば光るその木肌は新しい材では出せない趣が
ある。感性を持った人ならば、再生でしか
出せな世界を引き出してくれよう。

開放的な空間を持った家が良いだろう。

私の知る何人かのプロに相談すれば日本でも驚く様な事が
「後付け」で出来てしまうのだ。

古い事を誇る。。。。

もうそのステージに入ってもよかろう。

そこにはたくさんの遊び心が隠れている。


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