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2008年3月29日 (土)

3月29日

バックロードの路傍で、そこから荒野が始まる
境界線でこんな寂しげな遺産に出会う。

何故か1時間も過ごしてしまう。

材の鋸目跡や蝶番など金物、トタン屋根の形状
などからどれくらい古いものか見て回る。
相当に古い。

この男はヤブレカブレである。
子供がいたようだがヤブレカブレである。
途中まで頑張っていたようだが、資金が尽きたか
体を悪くしたか、妻に去られたか、博打で擦ったか、
仕上げの段階でヤブレカブレになっている。

ふと、ここに居たのは俺では無いのかと錯覚する。
ショップの真ん中の梁を支える柱はそのあたりの枝切れ
であるが、これを吊っかえたのは確か。。。
俺では無かったのか。。。
と錯覚する。

最初の希望や志は大きかったが、やがてのたまい、
あがいたあげく、めげ、破れ、かぶれたのは
俺では無かったのか。。。

と錯覚する。。。


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コメント

佐伯祐三の晩年の作品を思わせる写真です。
青空があるのに、傾いた家屋が風景を一層荒涼とさせる。
誰もが、この風景を何処かに抱えているのかと感じることがある。
マンションに灯る窓の明かりを見て、そこにある団欒に妙に寂しくなったことありませんか?

薪さん
寅さんシリーズのどれだったか、寅さんが朝丘ルリ子にあの口調で旅先で田舎の民家の光が夜汽車の窓にすぅーと流れている行くのを見ていると涙が出ると話している描写があります。誰にでも人の幸せを一歩離れた所から見ていた時期がある。しかしそれは順繰りに自分にも廻って来る。その儚さを永遠にしたいと切望するのは、それが永遠でない事を我々は知っているからでしょうね。

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