デザインは反逆である
デザインの普遍性の様なものをもう何年も
考えているのだけれども、デザインとは何と
自発的であり、また何と強制的であろうか。
時には否応無しに口の中にねじ込まれる、そんな
感覚にまで陥るのである。
コリント式の支柱つまりアカンサスの装飾が
施されたコラムを始めて見た衝撃は忘れられない。
これは、行き場を失った線の羅列では無いか。。
なぜ、この言わば不協和音が世に溢れ、そしてそれを
美しいと感じてしまうのか。。。
そして作り手泣かせでは無いか。。。
ギリシャ、ローマ時代を超えてもこのアカンサスコラム
はバロックでジョージアンでコロニアルでエンパイアで
ビクトリアでヌーヴォーで、ありとあらゆる形式で
使われている。
更に付け加えてしまうとこのアカンサスコラムつまり
コリントの時代には支柱は大理石になっているのだが、
それを大理石に変わる以前の材料「木」で作るのだから、
逆流が起こったのである。
そんなトンチンカンは無いだろう。。。
それ程にこのアカンサスは普遍であるのだ。
しかし、見れば見る程カルトなデザインである。
悪魔的である。痛そうである、壊れそうである。
狂気とダークの代理人である。
よくも、受け入れやがったな人類よ!
だったら俺のも認めろ!
そう言いたくなるのである。
待てよ!これデザイン先走りで無くて、もしかして
宗教か?アカンサスの花はストーリーなのか?
ご存知の方、教えて下さい。

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