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2008年8月30日 (土)

8月30日

ここ最近、私にお怒りの方が多い気がする。

その「怒り」とはどちらかと言えば、「イライラ」
と言う類いのものである様に見受けられる。

いろいろと理由を考えてみる。

幾つか思い当たるが一番のそれは私が、昔程の
エネルギーを放出していないからでは無いだろうか。

しかし、私は昔から他人から「イライラ」されるくらいの
人の本質つまり「余裕」に憧れ続けて来た。

ただ、今の私は精神的にも肉体的にも思考的にも創造的にも
経済的にもその様な「余裕」を持ち合わせていない。

私に「余裕」などと言うものが備わっているのだろうか?
もしあるとしたら、銃口は他に向けておらず、自分自身
に向けねばならぬ事を知っているだけなのだが。。。

もうすこしよく考えて周りとの調和をうまく取りたいと思う。


2008年8月29日 (金)

8月29日

妬んだり、羨んだり、煮詰めたり、水に戻して
再び煮浸したり、不向きであると判断したり、
酒や煙の中に居るのかと探してみたり、
人と会ってみようかと考えたりしながら、悶々とした
時間を過ごす。

作品の構想ではない。自分の構想である。
いや、同じ事か。。

こう言う時、
私はいつもNKさんのHPをしつこく観る。

「イタリアの壁、Velviaの色」で何故かこの館から微かに
「The End」が聞こえ、招かれ入館する。

ジム モリスンの世にも恐ろしい「Mother Fucker」と
言う叫びと共に3枚目の写真の奥から自分自身が私を
凝視している。近寄れば隠れるが眼を反らせばやはり
見ている。

マチューテを片手に早く俺を斬りに来い。

お前も孤独だろうが、俺もひどく独りだ。

2008年8月27日 (水)

8月27日

金持ちは気まぐれである。

家の打ち合わせの途中に不意に唐突に
プールサイドハウスのアイデアを書けと
おっしゃる。

本格的なカウンターバーとジャクジーを入れたい
と思い出した様に話したかと思うと、そうだ2Fも欲しい!
と呟いた。

「ぶっ飛んだものはいけないよ、あくまで
ノースウエストで。でもお友達を驚かせたいんだ。。」
(誰だ?外人おやじの日本語口調をこう決めた奴は。。)

方眼紙も使わず、スケールも取らない方が
自由な線が書ける。しかし。。。。

スケッチに集中出来ぬ訳は風に吹かれた落ち葉の
行方が気になって仕様が無いからだ。


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2008年8月22日 (金)

8月22日

ピースはすべて出来上がった。

完全なお任せデザインであったので、楽しませて
貰った。

テーマは「サウスウエスト」である。

日本の皆様にこのカルトなテイストがお解りだろうか?

スペイン文化が新大陸に移り、インディアンやカウボーイ
と溶け合って「サウスウエスト」である。
溶け合うと書けば簡単であるが、先住民のほとんどが
死に絶えたのだ。

そこに私たちの色と線を重ねる。
少しだけ。。。でも主張させる。。。
剥げ落ちたペイントの演出ように。。。

この店舗に乾いた風が吹けばそれでいい。

その奥に刻んだ「孤独」を想像してくれる者が一人でも
現れれば尚いい。

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2008年8月21日 (木)

8月21日

馬達に似合うフェンスとゲートを考えていた。

フェンスはウエスタンだが、ゲートは何処か
スパニッシュにした。

完成は6ヶ月後だ。
この丸太の支柱や挽き割りの横木が雨風に晒され
灰色になる時、私のコンセプトは完結する。
ゲートは紫外線に焼かれ、馬に噛まれ、そこに酸の雨
をぬられ、さらに餓鬼どもによじ上られ、否定され、
妬まれ、後悔され、やはり好きになられた後、
ゲート自身に魂が宿り意志を持って初めて、
すべての色が線がブレンドし落ち着きを見せる。

あの冷たいジメついた暗い冬を通り超さなければ
良い色は出ない。

しばし、お前の事は見て見ぬふりをする。
お前も俺を恨んででも居ろ。

「お前が産んだんやろが!」と言葉を返されそう
である。親に向かって吠えたその言葉に親はひどく
傷ついたが、吠えた本人はもうすでにそこで自決を
決め込み、ダラダラと血を流していたのだから。

とにかく春まで。。。
勝手にしやがれ。


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2008年8月19日 (火)

8月19日

休日に釣りに行った。
その昔、ゴールドラッシュで賑わった川である。

この場所は古い。
眼に映る風景の何処かにゴールドラッシュと言う
どんちゃん騒ぎの破片や分泌物、沈殿物が存在する。
崩れた橋の破片であったり、丸太で組まれた朽ち果てる
ままの堤防であったり、大きな岩に打たれた杭の傷跡
もしかり。

竜の眼の様に澄み切った水や木々の緑さえ、成分に
そのもろみを含んでいるかと思うと日は射してキラキラ
と眩しいのだが、風景はやはり古い。

74cmと50cmのスティールヘッドを釣る。
この川のスティールヘッドはあまり大きく育たない。
74cmのメスはこれが最後の遡上ではあるまいか。

この古い川は彼女の墓場であると同時に輪廻のバトンを
手渡す代償のえらく高い交易所でもある。

これほどに美しい顔をした彼女がこの墓場で死に
いつまでもこの古い川に留まっているとは思はない。

1本のラインでひとつになれたその一瞬に彼女は
囁いた。
「傷心」と言う名の病で私は簡単に死んでしまうから。。
と。

それ程にデリケートでプライドに満ちた彼女のピュアな
魂はきっとすぐに海へと帰るのだろう。

次は、お前が河口の川底で見たヘドロの様な俺なんかに
引っ掛かるんじゃない。

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2008年8月17日 (日)

8月17日

池澤 夏樹 の「旅をした人」を読む。

星野道夫を偲んだ本のひとつであるのだけれど、
生前に交流の深かった池澤氏の星野論である。
そのストレートで切れ味の良い筆使いは誠に
小気味良いやら、物足りないやら。。。

この星野道夫と言う男。。。
汚点が無い。彼が通り過ぎたシーツにはストーリー
としての血液や体液は存在するが、彼自身が残した
いやらしい「染み」が無い。

故人である為、知人やファン達が今、主人無き寝床を
ああでも無い、こうでも無いと片付けているのではあるが、
シーツは未だ純白のままである。

この男の
闇の中で繰り広げられた本能の粘り気のある白濁の
「染み」を見つけられないでいる。

本当にこの男はこの男のイメージで生きたのだろうか?
アラスカにも多くの日本人写真家たちが、
自然をテーマにチャンスを狙う野心家がうごめき、足を引
っぱたり、そしりを話してみたり、俺の方が先だったと
のたまったりして、氾濫したり困惑させたりして
いるはずである。

その中で不動の位置を勝ち取り、メディアを動かし、
「アラスカ=星野」の方程式を築いた男が純朴で
純白、高原の岩清水と言う事があるだろうか。。。
シーツを汚さなかったと言う事があるだろうか。。

星野道夫をあまりにも愛するが故、その関連本はすべて
読んだつもりではあるが、そこに見つけられた唯一の
汚点?はアラスカの友人が語った「利己主義なのか?」
と言う言葉だけである。

私は自分はとても良い奴ですと言う演出を行なう輩を
好きになった事が無い。「ずるい奴です」と看板を
上げている奴の絶体絶命の、今際の際に見せるで
あろう「真の正義」だけを信じている。
そう、絶望と言う名の正義だけを。。

誰か、星野道夫は相当な野心家であったと書いてくれ。
編集長にはへつらうが、パシリには「缶コーヒー買って
来い!」と横柄であったと。。。

そうでなければ、この男を100%愛する事が出来ない。
私を女にしてしまう可能性を持った数少ない男で
あると言うのに。。。

2008年8月11日 (月)

8月11日

明日より5日程、お盆休みを頂きます。

期間中ご迷惑を御掛けいたします。

敬具

大岩俊行


2008年8月 9日 (土)

8月9日

完全なミッドライフクライシスに掛かっている
のだろう。

たった一人の友人を無くしたような、
折れたマッチで火を付けているような、
曇りの日の独立記念日のような、
真夏の海で親父は他の事を考えていた
のを知ったような、
エンジンをターンしたのに、エンジンはターン
しないような、
お前と遊びで入った迷路で出口が解らず
不安になったような、

時々。。
そんな漠然とした空虚感に襲われる。

俺は変わっては無いけど、同じでも無い。
でも、オーバーヒートしたポンコツでも何とか
家に帰れるよな?

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2008年8月 8日 (金)

8月8日

この芸術作品がやがて生まれ変わり周りの
風景や物そして動物たちと和音を奏で始めます。

作品の完成をお楽しみに。

もう少し掛かるかな。。。


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2008年8月 7日 (木)

ご自分のリスクでご入園下さい

メキシコシティにあるこのドア。

ヨーロッパや中南米にはドアの中にドアが
作られたものが少なく無い。
人が通る為と馬車が通る為であるのだが、
日本のお城にも同じアイデアが使われた
はずである。

木製ドアを作る者に取ってまず引っ掛かって
来るのがこの大きな面積である。
面積が大きければ大きい程、狂いや乾燥による
縮みも大きい。

しかしお国柄、そんな事はお構い無しである。
2枚板を合わせて後ろから前から矢鱈目ったら
犬釘を打ち付けてある。
蝶番は石組み壁にフックがあらかじめ付けられて
いた様だ。

このヤブレカブレは美しい。
鉄のヒンジもそうだが、それが左右対称の
高さに無いところもいい。

何よりも今、このままで使われているところが
いい。ヨーロッパも北米もそしてこの中南米も
きっとアフリカも、誰も責任を取らないから、
ツアーリストの安全や事故のガイドラインが
おおまかなのがいい。

安全で無いと判断した奴は近寄らなければ
いいのだ。

それにしても、
この城壁の中で成人まで娑婆の由無しごとを
知らされず安全かつ優雅に暮らしたいものである。


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2008年8月 5日 (火)

8月5日

休日であったので、町の畜産フェアに行き、
カウボーイ達を眺め、最後に子豚のレースを
見る。

家に帰り、夕食の1品は私が作ってみる。
いくつかの食べ物には必ず蘇る書物の描写がある。

カニを食べる時は、開高のマッドクラブを喰らう
絶妙の描写であり、寿司や蕎麦の時は池波正太郎。
そして、雑炊は当然、魯山人であろう。

その魯山人のレシピ通り「納豆雑炊」なるものを
作り食す。シンプルで誠に旨い。
並んだ和食のおかずに良く合う。

魯山人となると「器」になる。
そこで茨城の窯元「寺尾流」から御拝受した
椀を妻に倉から持って来させ、椀を数えさす。
9枚まで数えたところで、腰の刺物に手を掛け
「おぬし!!」と言いかけたが、今度は18枚を通り越し
そのまま数え続けておる。「もうよい!何の真似じゃ?」
と聞けば、「しばらくお友達とヨーロッパに
旅行に行かせて頂きます」と来た。

お後が宜しい様で。

2008年8月 4日 (月)

8月4日

「続.夕陽のガンマン」でイーライ ウォラックが
何度も叫ぶセリフがある。

「あんた、生きるために働てるって言うけど、
なんで死ぬ程、働てんだ?」

これほど、響いて来る格言は無い。

セルジオ レオーネの作品の素晴らしは登場人物に
「善人」がいない事にある。
こんな簡潔な真理を人はいつまでねじ曲げて生きる
のだろう。

至る所で繰り広げられる「人の道」「人が好き」演説。。。
うさん臭いと来たらありゃしない。。。

善意とは複雑な感情の狭間に生じる瞬間のピュアネス
である。それが構成物の主体では無い。
それが、例え誰であったとしても。。。

ピュアなパッションを持って仕事をしていれば、他人は
どうでもいい事である。
問題はそれが売れるか売れないか、つまり幸か不幸の
博打。それだけの事。

しかし、イーストウッドの声は本人のそれでは無く、
やはり山田康雄の吹き替えであってほしいと願うのは
私だけではあるまい。。。


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2008年8月 3日 (日)

8月3日

バンクーバーに十代半ばにしてひとり留学している
日本人青年の友がいる。

毎回会う度に良い顔になって行く。
表情がどんどん豊かになって行くのだ。
国際間のコミュニケーションで喜怒哀楽を大きく
表す習慣がそうさせるのだろうが、その一方
私には彼の苦労が痛い程解る。

彼は毎日毎日、自分自身を伝える時に
その不自由な言葉を補う為に、身振り手振りで
精一杯の表情を作り出し、少しでも自分自身を他に
理解してもらう努力を重ねて来たのだ。

まだしばらくの間、彼が輪の中心となりその外輪
に影響を与える事は無い。
その輪にすら入れない孤独の日も多いだろう。

しかし君は、エネルギーと知識、教養そして戦略
を貯え、その日に備えればいい。

それまでゆっくりと傍観すればいい。
やがて君の中で、爆発するパッションが出て来る。

それが君だけのオリジナルだといいな。。

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2008年8月 1日 (金)

8月1日

やはり人とは持たぬものを欲しがるのであろうか。

アメリカがここまで古いものやそれ風の物を
貪欲に欲しがる理由は何だろう?

ヨーロッパのそれとは
すこしズレが生じているように思う。

もし、日本人がもっと「古きもの」を愛してしまうと
これほど奥ゆかしく、思慮深く、威厳に満ちた雰囲気
は無いだろう。

それ程に世界は日本の深く個性溢れる歴史に憧れている。

世界の骨董商人に「ちぇ、ヤンキーめ、お前らに解るもんか!
日本人に持ってくよ!彼らなら解ってくれるんだから!」
と言わせたいのが。。。。

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