池澤 夏樹 の「旅をした人」を読む。
星野道夫を偲んだ本のひとつであるのだけれど、
生前に交流の深かった池澤氏の星野論である。
そのストレートで切れ味の良い筆使いは誠に
小気味良いやら、物足りないやら。。。
この星野道夫と言う男。。。
汚点が無い。彼が通り過ぎたシーツにはストーリー
としての血液や体液は存在するが、彼自身が残した
いやらしい「染み」が無い。
故人である為、知人やファン達が今、主人無き寝床を
ああでも無い、こうでも無いと片付けているのではあるが、
シーツは未だ純白のままである。
この男の
闇の中で繰り広げられた本能の粘り気のある白濁の
「染み」を見つけられないでいる。
本当にこの男はこの男のイメージで生きたのだろうか?
アラスカにも多くの日本人写真家たちが、
自然をテーマにチャンスを狙う野心家がうごめき、足を引
っぱたり、そしりを話してみたり、俺の方が先だったと
のたまったりして、氾濫したり困惑させたりして
いるはずである。
その中で不動の位置を勝ち取り、メディアを動かし、
「アラスカ=星野」の方程式を築いた男が純朴で
純白、高原の岩清水と言う事があるだろうか。。。
シーツを汚さなかったと言う事があるだろうか。。
星野道夫をあまりにも愛するが故、その関連本はすべて
読んだつもりではあるが、そこに見つけられた唯一の
汚点?はアラスカの友人が語った「利己主義なのか?」
と言う言葉だけである。
私は自分はとても良い奴ですと言う演出を行なう輩を
好きになった事が無い。「ずるい奴です」と看板を
上げている奴の絶体絶命の、今際の際に見せるで
あろう「真の正義」だけを信じている。
そう、絶望と言う名の正義だけを。。
誰か、星野道夫は相当な野心家であったと書いてくれ。
編集長にはへつらうが、パシリには「缶コーヒー買って
来い!」と横柄であったと。。。
そうでなければ、この男を100%愛する事が出来ない。
私を女にしてしまう可能性を持った数少ない男で
あると言うのに。。。
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