2008年8月 7日 (木)

ご自分のリスクでご入園下さい

メキシコシティにあるこのドア。

ヨーロッパや中南米にはドアの中にドアが
作られたものが少なく無い。
人が通る為と馬車が通る為であるのだが、
日本のお城にも同じアイデアが使われた
はずである。

木製ドアを作る者に取ってまず引っ掛かって
来るのがこの大きな面積である。
面積が大きければ大きい程、狂いや乾燥による
縮みも大きい。

しかしお国柄、そんな事はお構い無しである。
2枚板を合わせて後ろから前から矢鱈目ったら
犬釘を打ち付けてある。
蝶番は石組み壁にフックがあらかじめ付けられて
いた様だ。

このヤブレカブレは美しい。
鉄のヒンジもそうだが、それが左右対称の
高さに無いところもいい。

何よりも今、このままで使われているところが
いい。ヨーロッパも北米もそしてこの中南米も
きっとアフリカも、誰も責任を取らないから、
ツアーリストの安全や事故のガイドラインが
おおまかなのがいい。

安全で無いと判断した奴は近寄らなければ
いいのだ。

それにしても、
この城壁の中で成人まで娑婆の由無しごとを
知らされず安全かつ優雅に暮らしたいものである。


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2008年8月 5日 (火)

8月5日

休日であったので、町の畜産フェアに行き、
カウボーイ達を眺め、最後に子豚のレースを
見る。

家に帰り、夕食の1品は私が作ってみる。
いくつかの食べ物には必ず蘇る書物の描写がある。

カニを食べる時は、開高のマッドクラブを喰らう
絶妙の描写であり、寿司や蕎麦の時は池波正太郎。
そして、雑炊は当然、魯山人であろう。

その魯山人のレシピ通り「納豆雑炊」なるものを
作り食す。シンプルで誠に旨い。
並んだ和食のおかずに良く合う。

魯山人となると「器」になる。
そこで茨城の窯元「寺尾流」から御拝受した
椀を妻に倉から持って来させ、椀を数えさす。
9枚まで数えたところで、腰の刺物に手を掛け
「おぬし!!」と言いかけたが、今度は18枚を通り越し
そのまま数え続けておる。「もうよい!何の真似じゃ?」
と聞けば、「しばらくお友達とヨーロッパに
旅行に行かせて頂きます」と来た。

お後が宜しい様で。

2008年8月 4日 (月)

8月4日

「続.夕陽のガンマン」でイーライ ウォラックが
何度も叫ぶセリフがある。

「あんた、生きるために働てるって言うけど、
なんで死ぬ程、働てんだ?」

これほど、響いて来る格言は無い。

セルジオ レオーネの作品の素晴らしは登場人物に
「善人」がいない事にある。
こんな簡潔な真理を人はいつまでねじ曲げて生きる
のだろう。

至る所で繰り広げられる「人の道」「人が好き」演説。。。
うさん臭いと来たらありゃしない。。。

善意とは複雑な感情の狭間に生じる瞬間のピュアネス
である。それが構成物の主体では無い。
それが、例え誰であったとしても。。。

ピュアなパッションを持って仕事をしていれば、他人は
どうでもいい事である。
問題はそれが売れるか売れないか、つまり幸か不幸の
博打。それだけの事。

しかし、イーストウッドの声は本人のそれでは無く、
やはり山田康雄の吹き替えであってほしいと願うのは
私だけではあるまい。。。


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2008年8月 3日 (日)

8月3日

バンクーバーに十代半ばにしてひとり留学している
日本人青年の友がいる。

毎回会う度に良い顔になって行く。
表情がどんどん豊かになって行くのだ。
国際間のコミュニケーションで喜怒哀楽を大きく
表す習慣がそうさせるのだろうが、その一方
私には彼の苦労が痛い程解る。

彼は毎日毎日、自分自身を伝える時に
その不自由な言葉を補う為に、身振り手振りで
精一杯の表情を作り出し、少しでも自分自身を他に
理解してもらう努力を重ねて来たのだ。

まだしばらくの間、彼が輪の中心となりその外輪
に影響を与える事は無い。
その輪にすら入れない孤独の日も多いだろう。

しかし君は、エネルギーと知識、教養そして戦略
を貯え、その日に備えればいい。

それまでゆっくりと傍観すればいい。
やがて君の中で、爆発するパッションが出て来る。

それが君だけのオリジナルだといいな。。

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2008年8月 1日 (金)

8月1日

やはり人とは持たぬものを欲しがるのであろうか。

アメリカがここまで古いものやそれ風の物を
貪欲に欲しがる理由は何だろう?

ヨーロッパのそれとは
すこしズレが生じているように思う。

もし、日本人がもっと「古きもの」を愛してしまうと
これほど奥ゆかしく、思慮深く、威厳に満ちた雰囲気
は無いだろう。

それ程に世界は日本の深く個性溢れる歴史に憧れている。

世界の骨董商人に「ちぇ、ヤンキーめ、お前らに解るもんか!
日本人に持ってくよ!彼らなら解ってくれるんだから!」
と言わせたいのが。。。。

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2008年7月29日 (火)

7月29日

私の高校時代はQueen一色であった。

「オペラ座の夜」の中に「Seaside Rendezvous」
と言うアップテンポの軽快な曲がある。
凝りに凝って例外に漏れずトラックを重ねまくった
Queenにしか作れない曲であるのだが、後半に
フレディが2小節で8音すべて半音ずつ落としながら
歌う箇所がある。

浮き世の現実を知らず、夢想の中に生きる多感な
十代の私には、今まで踊っていた音符たちがこの箇所に
来ると譜線からポロポロと落ちて行く、そして一緒に
踊る自分もその音符たちといっしょに落ちて行く、
そんな強烈な錯覚に捕われていたのである。

今回のイメージはその「Seaside Rendezvous」
であったのだが、出来上がると溥儀のベッドと
なっていた。

ここでラストエンペラーのごとく、Opiumを吸い
下女と戯れたかと思うと、ベッドの引き出しから
そっと蟋蟀を入れた箱を取り出して、瞬間に
少年に戻ってしまうのである。

囚われの身であるのだから、やはり
明かりのあるうちに、生を楽しむしか無さそうである。


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2008年7月28日 (月)

7月28日

ルノアールもシャガールも晩年の作品の
自由度には感服してしまう。

鑑賞者との妥協点をまるで無視してしまう程、
自由奔放では無いのだけれど、基本的に自分の為
の作品と言う印象を受ける。

逆に鑑賞者と妥協点を全く求めない作品そこ
「不自由」なのだと言っている様なのだ。

現在のライ クーダーの作品もとても良い。
根を詰めた「職人」を見事に脱している。
自分の為に音楽を楽しんでいて、勉強しているのが
伝わって来る。
それはまた形を変えた職人のあり方とも呼べるのだが、
私には芸術である。

この辺のつまり妥協点との和解を私の仕事で求める事
が可能なのかどうか考えているのだが、答えが毎日
違って来る。

まだ、不自由な訳だ。


2008年7月27日 (日)

羅生門

先日、ゴールドラッシュの屍を訪ねた。

どうにもならないことをどうにかしようと頭を垂れ
考えるがやはりどうにもならない。
このままでは野たれ死ぬばかりかと、やれやれと
腰を上げるその場所、その地点が「羅生門」である。

その絵図とは、こんなところではなかろうか。

そこでは、失う事と得る事が紙一重、いや
同化しているのではあるまいか。

つまり「絶望」と「希望」は半分以上の
重なりを占めている事になる。
老婆と下人は同一人物となる。

だから、
人なんてどう転んでも。。
悪い奴である。


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2008年7月25日 (金)

もうゆるして〜

昨夜、世にも恐ろしい夢で目が覚めた。

その田舎の薄暗い小道では、その親子に
追い越されると不幸が起こると言う言い伝え
が有るらしい。普通であれば、その母娘と
出会っても追い越される事は無く、
後ろをすこし離れて歩いて来る様である。。

しかしあろう事か、
私だけが仲間から遅れを取り、その親子に追い付か
れてしまったのである。

着物を着て三度笠を被ったその母と娘は私の横を
通り過ぎたところで、なぜか娘さんだけがバタっと私の
前で倒れてしまったのである。彼女の母はそのまま
すたすたと歩き去り、私はその娘さんを起こして
差し上げようとしたのだが、その顔は今思い出しても
恐ろしい程、怒りと絶望に満ちた醜い顔であった
のだ。

何処のどなたか知りませんが、私の藁人形で遊ぶ
のはお止し下さい。

ほら、喧嘩両成敗と言うじゃ無いですか。。
あなたにも言い分はあるだろが、私にもあったと
言う事で、その藁人形から釘やら針やら抜いてもらい、
燃やした頭も直して頂いて、潰した眼も書き直して
下さい。出来ればリカちゃんの横にでも置いて
みて下さい。

お願いして置きますよ。


7月25日

アメリカのミッションハウス復興運動が本格化
した時期とアーツアンドクラフツ運動の時期が
重なっているのがおもしろい。

フランクロイドがロビー邸などかなりアーツアンド
クラフト色を強く出していた1900年代初頭に
カルフォルニアなどでミッションスタイルの復興
が盛んであった。

その精神性や方向性、そしてテイストに多くの
重なりを見るのは私だけであろうか?

ムーアー人つまりアフリカ北部の影響をかなり
受けたミッションスタイルの装飾はゴシックで
アーツアンドクラフツとは呼び難い。
しかし、新大陸に渡り、アドビやインディアンデザイン
と混じる事でかなりアーツアンドクラフト色が
出て来て、同じカテゴリーに入れたくなる家も
多いのである。

文句なく美しい線と色である。

曲線パターンの解読に成功したイスラム文化。。
しかし、その線の流れは国を超え海を越え民族を超え、
そして宗教を超えてしまった。

何故か、今それを日本人である私がカナダで
真似したりする。

私の線などやはり、
あり得ないな。。。。。


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2008年7月24日 (木)

7月24日

この様な美しい仕事はデザインするのも楽しい
が、作るのは更に楽しい。

建築やデザインに携わっている人で制作と言う
行程を行なわないと言うのは、その半分以上の
うま味を味わっていないと言う事になる。

レシピを考え選りすぐった材料を用意した後、
いきなり試食のステージに移行すると言うのは
少し寂しい。

切り方や火加減つまり手や舌の感覚の部分で
もう少し違った物に成り得たのでは無いかと言う
懸念がいつも残こる。

制作まで行なう事が出来れば、時間が経った後、
「その時のベストであった」といつか自分自身と
和解できる時が来る。


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2008年7月21日 (月)

7月21日

休日であったのだが、近くのHOPEと言う町に
仕事の打ち合わせに出掛ける。

2時頃に無事打ち合わせも終わり、時間が余ったので
近くを流れる川を見に行く。
この川には美しい鱒たちが溢れている。
竿は出さず、2時間程のんびりと遅い昼食をとる。

川を渡るシカを眺め、ライチョウがすぐそこまで
近寄って来、大きなクマを1頭見た。

満たされた想いで家に帰るとあろう事か、妻がひっそり
日本語放送で「世界に嫁いだ華麗なる日本人女性」
を見ていた。

確かに金持ちである。破格の金持ちである。
しかし、下品である。こんな企画を打ち出すテレビ局も
そうだが、これに出ようと言う女も品が無い。
妬みやら不甲斐なさから不愉快になり、「なんだい!
みんな爺さんじゃないか!!」と誰よりも下品な
コメントを発している自分が嫌になり散歩に出た。

「ちぇっ。。」と小石を蹴りながら歩いていると、
近所の老夫婦が家の前のコンクリートを壊し、せっせと
手で運んでいるではないか。。。。。
「俺はな、金は無いけど温かな心を持ってるんだよ!」
と自分にそして他に見せつける為に、ユンボを出動し、
「おじいさん、おばあさん、困った時には言って下さい」
と重機でそのコンクリを運んで差し上げる。

そう、善意は対象を救う以上に本人を救うのだ。
見ろ!この崇高さと清々しさを!
その金持ちの爺さん連れてこい!キァビア喰ってないで、
石のひとつでも運んでみろ!と高揚して家に帰ると妻が
「あら、重機の試運転でもして来たの?」とぬかしやがった。。

女どもよ、
ハートはくれてやるが、魂まで欲しがるんじゃねえ!

2008年7月18日 (金)

7月18日

このブログの存在理由は2つある。
ひとつは私の建築やデザインの方向性や哲学を
示してみたいと考えた事。
そしてもうひとつは私の娘の為に書いている。

死んだ父について私は知っている様であまり知らない。
彼の心に沈んだ深い不安の理由が何であったのか、
破滅的な怒りと激情は何処から来ていたのか、
青年期、何に追われ何から逃れる為に故郷を離れたのか、
本当の友を持っていたのか、あれほど愛した酒の
中に何を見ていたのか、理想にどれくらい近づけたのか、
それらを伝える事を試みたのか、その必要性はあった
のか。。。。。
どのみち、私たちが深く話す事は一度も無かったし、
彼がカナダの地を踏む事も無かった。

私も彼に伝えれなかった事がある。
私が流れに流れ、見知らぬ土地に憧れ、孤独の中を
旅した理由はあなたであった事を。
手に入れたものを見て貰いたかったのは
あなただった事を。
そして我々は貴重な時間の塊と言うものを
膨大に浪費した事を。


残酷な事に私の娘が私の日常を綴ったこの日記を
読む事は無い。

そう遠く無い未来に、
彼女はやがて日本語を捨てる。

只、私は彼女に取ってインパクトの少ない
人物になりたい。

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2008年7月17日 (木)

7月17日

南部で見つけたドアである。
しばし呆然とし、その場にへたり込んだのである。
次の日、もう一度訪ねる。

19世紀のものである事は確かだが、このデザインと
装飾の「発想の自由」とはどこから来るのであろう。

今の様にインターネットも書籍も海外旅行も無かった
デザイナー?や職人がどうしてこれほどに自由で
無秩序なデザインを作り出せたのであろう。

予想どおり木の性質から欠けるところは欠け、
割れるとこは割れている。
しかし、デザインの本質は失われるどころか、「時」
と言うエッセンスを染み込ませ、消化し、分泌し、
飛躍させ、崩れ去る寸前の今、溜め込んだ1世紀以上
の重い空気を「ふぅ〜〜」と、外部に放射している
様である。

たまたま通りがかった無防備な私はそのねっとりとした
飴色の放出物に引っ掛かり、食虫植物が虫を包み込んで
溶かす様に喰われたいと切望したのではあるが、
このドアは苦笑してしまった。
「ふっ。ふっ。ふっ。。君をかね。。。どれ程の歴史と
人物を見て来たか想像して見たまえ。」

彫刻のそのひだのひとつひとつに染み込んだ言葉やら、
企みやら、メロディーやら、血液やら、体液やら
聖水やら、悪露やら、死に水やらがシッケンズとなり、
オスモカラーとなり重ね塗られ、この剥き出しの肉ひだ
を保護している。

これほどに時間と労力そして金を掛けたひとつひとつ
のパーツであるのに、その集合体としてのこのドアは
誠に自由で奔放で法則を無視し、好き気ままで気まぐれ
である。

そしてあろう事か、これを受け継いだ人物はその横に
お花などの落書きをしてこのドアを更に美しいものに
際立たせているのである。

「美」解る者のところへと、こう言う晩品は収まるの
であろう。

一部を失おうが、欠けようが、それはコンセプトには
関係無い訳だ。このお花の方が重大な意味を持つのだ。

またもや骨董品屋に転職しようかと考えさせる一品。

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2008年7月16日 (水)

I HATE YOUR GUTS

一度、デザインに入ってしまうとダメである。

予算も納期も下手をすると依頼主の要望も見えなく
なる。

頭にあるのは自分の線と陰が辻褄が合うか。。。
木の限界はどうか。。。

それだけ。


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2008年7月15日 (火)

7月15日

バンクーバーのビバリーヒルズ「ノースバン」にある
店舗から内装の化粧ティンバーの依頼を受ける。

コンセプトはサウスウエスト。
後はお任せ。

最初のスケッチで進めてしまった。。。。

通常であると一晩もしくは二晩寝かせるのである。
全く違う芸術作品や建築物を調べたり、予算とのバランス
を考えたり、LSDを打ったり、垢擦りに行き生まれ変わ
ったり,汚染の酷いハドソン川に泳ぎに行ったり、
キースリチャーズの血液交換主治医に会ったり、
耳を切った後、自画像を描いてみたり、ポードレール
を読んだりして。。。。。。。。。

別人になり新しい朝に冷静にそれを見てみるのだが、
焦りからか、投げやりからか、はたまた「完結」の予告
からか、「これで良し!」と天真爛漫に「つんく」の
作曲のごとくOKしてしまったのだ。

罰が当たりなければ良いけど。。。

限界を感じて久しい。

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2008年7月14日 (月)

7月14日

休日である。

Pilippe Lansacと言う人の書いた「Jack London's
Grand North」と言う本と、Paul Greenhalghの
「アールヌーボー1890−1914」を同時に
読む。

Jack Londonはアラスカ クロンダイクのゴールド
ラッシュにゴールドに魅せられ、北の荒野をさまよい
その経験を書き綴った作家である。
この本はそのJackの観点を持って北の大地をそして
ゴールドラッシュを再訪している。

4つの罠漁師の小屋が集まっただけのユーコンの荒野の村?
ドーソンが金鉱の発見と共に1年後には商店が連なり
サルーンが出来、銀行が開かれ、オペラハウスが作られ
て行くその狂気をおもしろく読む。
「北のパリ」と呼ばれたこのドーソンであるが、実状は
物資と食料が足りず、インフレに喘ぐ機能しない町
であったのだ。金鉱師の多くは壊血病で歯が抜け落ち、
凍傷で指を失い、絶望しこのドーソンにたむろしていた
のである。

もうひとつの本は私が魅せられ続けるビクトル オルタの
建築を詳しく説明した秀作である。
大衆まで降りて来た芸術様式アールヌーボーが大衆の中で
MAXに開花してゆくその行程はヨーロッパの人々の生活水準
の高さを象徴している。

同時期なのだ。
クロンダイクゴールドラッシュのドーソンと
アールヌーボーに沸くオルタのブリッセルが。。
原始人の暮らしとエルトン ジョンの私生活ほどの差である。

ここにアメリカのコンプレックスとエネルギーがある。
「あった。」と過去形にすべきなのかも知れない。

いつからか、そう遠く無い昔からアメリカ人は
このコンプレックスを持たなくなった。歴史の浅さや
芸術や文化の奥深さへの欠如を恥じなくなった。
それどころか、自分たちの「過去」を歴史としての
文化や風土として、半ば強引に信じる事になり、
今、誰もがそこにコンプレックスを感じなくなって
しまった。カウボーイとローマが同じ様に語られる
様にした。

しかし、アメリカはひとつの事に気が付かねば
ならない。
貴方たちが憧れた国々が衰退したのでは無い事を。
ある種の絶望の末に拡大を止め、「外」に求める事
を止め、「内」つまり自分自身を探求する精神
ステージに移行した事を。

2008年7月13日 (日)

7月13日

しつこいようだがカナダの電柱は木である。
湿気の多い西海岸はすべて水に強いシーダー
が使用される。

昨日、その電柱に選ばれるシーダーの高いスペック
から外れたものがあるので要らないかと言われ
見に行く。

スペックから外れたと言っても真っすぐでない
と言う厳しいものであった。
20m近い長さで曲がりが無いものと言うと
どれくらいの確率で選ばれる事になるのだろうか。。

私たちとはまた違う観点から、この原木を吟味し
その限界に挑んでいる人達がいる事に想いを
廻らせた。


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2008年7月12日 (土)

7月12日

木彩工房さんの最新作チンクダブテイルが
完成する。

ノコ目残しの所謂「SAWN」仕上げは辻社長の
コンセプトであった。
良い仕上がりに満足である。

バランスの取れたティンバーとダブテイルの
ハイブリッドとなってくれた。

デザインはこんな簡単なスケッチから始まっている。

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2008年7月 9日 (水)

7月9日

バンクーバーの都心から20分の郊外にある
お宅へティンバーフレームの打ち合わせに伺った。

打ち合わせ中、1頭の母グマと2頭の小熊が
この家の周りのタンポポをしきりに食べている。

もう2頭、別のクマも要るらしく、ほぼ毎日出会す
らしい。この母グマが一番テリトリー意識が
強く、先日はデッキで本を読んでいると、目の前で
この母グマが侵入者である別のクマと喧嘩を始めた
と言う。

勿論、この家族は彼らを蹴散らしたり、罠を仕掛けたり
ハンターを呼んだりしない。「愛すべき動物」として
彼らを刺激する事無く、生活している。この場合は
共存していると言うべきであろうか。

先日、あるカナダ人の女性と話をしていて気が付いた
事がある。「同じ日に2頭のグリズリーを見たのよ!」
と興奮して私に話してくれた。そして話の途中に
「帰り道のピクニックエリアでサンドウィチを食べて
いるとクマがその周りをウロウロしてたの」と話した。

グリズリーに対しては頻繁に見る事が出来ない何処か
畏敬を込めた感情を持っている様であるが、黒くマに
関してはどうも「奈良のシカ」扱いしている様である。
つまりクマはクマでグリズリーはクマでなく、グリズリー
なのである。固有である訳だ。
私に取ってはクマはクマであり、どちらを見ても興奮し、
感動してしまう。その日は特別な日となり、何か得を
した気になるのである。

カナダでは毎年、何人かクマに襲われ、時には死亡事故
も出ている。それでもカナダ人はクマをいたずらに恐
れたり、パニックしたりする事は無い。

人間のテリトリーに入れたく無いのなら、貴方自身が
クマが入れない様にフェンスをするなり、ゴミの処理
を徹底するなりして下さいと言う考え方になるのだ。

事故が起こっても、行政や市町村に責任を問うと言う
考え方が無い。

もっと極論を言うと撃ちたい奴は自分で撃ってしまう
のである。おっと。。。これは個人主義を理解出来ない
日本人には、応用問題過ぎたかしら。。

煮詰めれば、殺される自由が存在するところには
殺す自由も存在すると言う考え方である。
「独り」なのである。脳の思考を分解するとその「核」には
「自分」が存在し、その外周にその他のあらゆるものが
取り巻いている。その外周から、「他」と言うものが
入り込んで来たり、出たり入ったりしている。
しかし、その「核」はやはりたった独りの「自分」
だけなのだ。

それが親子の間でも行なわれていると言えば、解り易い
であろうか。

このクマの親子の関係の様に。。。。

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2008年7月 8日 (火)

7月8日

よく木工を始めたいが何処からスタートして良いのか?
と聞かれる。

小枝を使った家具はどうだろう。

いつまで経ってもカッコいいし、下手でもそのものに
個性がある。

写真の様な皮付きでと考えられている方は、
やはり冬切りの材料でなければ、その皮はやがて
落ちてしまう。

皮付きであれば桜の枝などがお薦めである。

枝のジョイントの「しぼり」は小さなドリルに取り付
け可能な専用カッターが出ているので、解らない人は
問い合わせて欲しい。


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2008年7月 5日 (土)

7月5日

粋な東屋でしょう。

木立の中だから映える一品です。

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2008年7月 4日 (金)

7月4日

北の荒野に理想の飲み屋を見つける。

U字のカウンターが素晴らしい。

会社を潰し裏ぶれ、女房子供に愛想を尽かされ、
流れ流れたこの町でこの飲み屋で酒とバラの日々
を送る。

ある意味、理想である。

常連となり人の少ない昼間に毎日、ここを
訪れ、店員からはある程度うとまれているが、
バーテンダーがそこそこ良くしてくれる。

もう付けが利かなくなり、ポケットからくしゃくしゃ
の1ドル札を出して、支払いをする。

余った2ドルで流しに「思い出」と言う曲を
頼む。「あんたみたいないいギター弾きがこんなところ
で何してんだ。。。」とお決まりのセリフを吐く。

理想であり、クライマックスである。
何のプレゼンテーターで無く、誰の脚長おじさんでも無い。

静かなバーフライ。自分だけの為の「言葉」と「音」そして
「線と色」遊びをするだけの日々。。。。

孤独の旅人の若者に「所属はひとつくらいでいい。後は
無所属のままで居ろよ。。」と伝えたいが話しかけ
たりはしない。

死後、膨大な遺産が国定公園への寄付と「死せる詩人の会」
への運営資金への援助として使われた事が解るが、
それを聞いて地団駄踏む何人かが居る。

理想である。
最後まで底意地が悪いところが、誠に理想である。

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2008年7月 3日 (木)

So Long, Frank Lloyd Wright

昨日、運転中にこの曲を何度も繰り返し聞いてみた。

難解な曲相と単純な言葉故、深い意味が隠されては
いないかと何度も繰り返し聞いてみたのである。

S&Gとフランク ロイド ライトに接点があったと
は思えないが、もしポールサイモンが「曲作りの大きな
インスピレーション」としてライトの建築を持ち出して
来たとしたのなら、そこには大きな「救い」が存在する。

その反対として、
私は多くの建築家は音楽の中に見え隠れする
インスピレーションを探している気がしてならない
からだ。

これは受け取る者の自由でどう受け取ってもらっても
構わないと言われるままであろうが、生きた建築物の
多くが、何かしらの調べを奏でている。

私はマイナーコードを分泌する建物を見、
そこに暮らした人々が織り成す重奏を聞いていたい。

つまり新品のものや、新品が新品と見えるものを
愛せないのである。

木や石などと言った恐ろしい量の歳月をその中に沈殿
して来た素材を新品と言う事は本来、矛盾なのかも
知れない。

それを新品に磨き上げる事に抵抗がある。

私にもっとも根本的な原理があるとすれば、この
部分なのかも知れない。

2008年7月 1日 (火)

7月1日

北の荒野に刻み付けられた傷の様なハイウェイの
路傍に、そのかさぶたの一部に見える人工物を
見つける。

それを見ながら、私の想いはハバナの日々を
旅していた。不思議である。北の大地でふとした
瞬間、朽ち果てるオールドカーの曲線と錆びから、
マインドは瞬間に急降下、南下するである。

ハバナの建築物、その集合体である町のあの
美しさはどこから来るのであろう。

憧れは共感である。共感はリフレクションである。
リフレクションはコンプレッスと優越と言う「酔い」
の複合体である。

その複合体は何を隠そう「かさぶた」だ。

ハバナでの日々の中、やはり私を支配したのは
ヘミングウェイで無く、ゲバラで無く、結局
Compay Segundoのギターの様な化粧の剥げ落ちた
古い建築物であった。

Robert Polidori と言う写真家の作品「HAVANA」
と言う写真集が届く。バンクーバーの
ガスタウンをぶらついていると、IBRAHIM FERRERの
歌声が聞こえて来る。100歳の階段付きビルディング
が「フィジカルグラフティ」になり、我に戻ると
「CUBAN CIGAR」の看板の店の前であった。

感性があるポイントを超えると聞きたいものが聞こえ、
見たいものを見、 恍惚と黴に覆われる。

シンクロネシティ。。。
そんな、甘っちょろいものでは無い。
そんな事が何日も続いた日にやぁ、あんた。。。。

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Havana3

2008年6月30日 (月)

日本のお客様へ

カナダは建国記念日の為、火曜日まで休みとなります。

通常業務は水曜日からとなります。

期間中、ご迷惑を御掛けいたします。

お急ぎの際は、メールまたは携帯までご連絡下さい。

敬具

代表 大岩 俊行


6月30日

鍛冶屋になる為の上級者コースを終えた。

まず興味が沸いたのが初級コースをはじめ
女性の参加者の方が多かったと言う事である。
多いと言っても1クラス3人なのだから語弊は
あるのだあが。。

私のクラスメイトはJudiと言う女性であった。
本業は溶接工である。女性で溶接工?。。。。
まず頭によぎるのは「フラッシュダンス」である。
(とにかくフルいのだ。。。)
腕の力やスタミナは男性顔負けである。そして
それを実行に移させた精神力はその何倍も
すごいのであろう。
それをひょうひょうとやってしまうところが、
こちらの女性の頼もしいところである。

今日の気温はなんと33度。鍛冶小屋の中は
40度近いのでは無いだろうか。
最後の課題は「鍛冶溶接」である。熱によって
鉄を溶かし、それを叩く事で2つ以上の鉄を
ひとつの鉄にすると言う行程だ。

行程は困難を極め(私が足を引っ張っていたのだ)
予定よりも3時間もオーバー。

最後、フラッシュダンサーJudiが踊りのけぞったところ
で上から落ちて来た水を浴びてフニッシュ!
と言う事は起こらず、カナダ人らしく静かに退散。

今後の作品に活かせれば良いと思う。


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2008年6月28日 (土)

6月29日

やはりティンバーフレームのデザインの可能性とは
無限大である。本当にそう思う。

ただ単に、大型の角材を並べたものでは、勝負出来なく
なる日がすぐにやって来るだろう。

大きなキャンバス故に、そのデザイン性や
装飾が多く問われて来るに違いない。

そしてそれすら、我々は遠い昔に通過したポイント
なのである。

平坦な道は誰しもが歩けるのだ。
であるからして、
自分自身の線を描いて行くしか無いのである。

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6月28日

アラスカ、アンカレッジの空港で1冊の本を
買う。SETH KANTNER と言う人の
「SHOPING FOR PORCUPINE」と言う本でアラスカ
北極圏の人や生活を綴ったものである。

文体はハードボイルドを意識した切り口の良い
口語体であるが、それ故にこの地の厳しさや
切なさが多いに伝わって来る。

読み進む中、突然星野道夫氏の写真が出て来た。
セス キャントナー。。。。そう言えば星野氏の
本にも登場していた人物である。

アラスカの人々から見た星野氏が淡々と綴られており、
何か私だけこっそりと誰も持たない宝物を得た様な
気になった。

1990年、たまたま手にした「風の様な物語」は
衝撃であった。そして93年に「イニュニック」を
手にした時には身悶えた。

「ふ〜ん。。すごい日本人がアラスカの荒野に
いるんだな。。」そんな生易しい感想では無かった。

星野氏の仕事のスケールの大きさや影響力、そして
大自然と人々を綴られたその文体に触れれば触れる程、
チャレンジの大きさとその成果を知れば知る程に、
何も持たず、何者でも無い自分自身を呪った。
私の閉鎖的な本質を恨み、解放してやれぬ精神を
哀れんだ。

そんな何事をもただ傍観しているだけの日々のなか、
新聞の小さな記事で星野氏がカムチャッカで熊に
喰われた事を知った。単純に「何とカッコいい死に方
であろう。。」と思った。
この人生にこの死に様。。。
当時、私は自らの命を絶った二人の幼なじみの死と
どうしても和解出来ず、ただ怒っていた。
そしてその二人の友人に「こんな風に死ねないのか、
バカめ!!」と繰り返し問いかけたのである。

アラスカの荒野をゆりかごとして生まれ、荒野を
プレイグランドとして育ち、きっとこの荒野を
死に場所と考えているであろうキャントナー氏が
星野道夫に贈っている言葉がある。

このアラスカと言う荒野は誰をも恋しがったりは
しない事を私は知っている。しかし、もしこの荒野が
人恋しくなったとすれば。。。。。。
それは道夫、君だけにだろう。

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2008年6月27日 (金)

6月27日

この20年間、この大陸は大きく変わった。

自らの手を土に風に雨に返す事が自由だと見出
したはずなのに、それを忘れた。

与えられた者が今、飢えた者を笑う様になった。

きつい仕事など存在しないかの様に話し始めた。

持ちながら生まれたかのごとく振る舞う様になった。

自分自身の査定を必要以上に上げた。

満ち欠けする月のダークサイドを見ない様にした。

庶民があたかも王様の椅子に座り、王様が彼らの
靴を磨く演出で金が儲かる様になった。

偽善が常識に変わった。

虚栄がスタンダードになった。

スターでも無い奴が花を持つ事に抵抗を無くした。

大人の偽りをあからさまに子供に喰わせた。

反逆が正義になった。

etc..............................................................

激しい雨が降ると言う。

そうなのか?はたしてそうなのか。。。

予期出来ぬ突風だけが吹くのでは無いのか。。。

予測した激しい雨は降らず、洗い流す事も無く
暗い所ではジメジメと腐食が進むばかりで、明るい場所
にだけ育つものが育つだけでは無いのか。。。

そして、
賢者は「昔、時代や物事が変わる事が気になってい
たんだが。。」と呟くだけでは無いのか。。。


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2008年6月26日 (木)

6月26日

アラスカに出張に出ていた。

北米最高峰マッキンリーの麓に小さな墓地があり、
沈まぬ太陽の白夜に独りそこを訪れた。

ブッシュパイロットとしてこの山に散った
男の墓の横にふたつのアイスピッケルを石碑にした
だけの山男の墓があった。その小さな墓を見て
亡骸を持たぬ墓であろうと思った。

その横に短い詩が刻まれていた。

高く登れ、遠く登れ、
そして空へと届き、
君は今、星となった。。。

名も知らぬ男の墓の前で身悶える。
山をやらない私をこれほど締め付けるのである。

クライマーとは山を見上げる度に、大切な友人を
そこに見るのであろう。若くキラキラ輝いたままの
その友人を。

人にはそれぞれの戦場がある。

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2008年6月25日 (水)

6月25日

裸電球を考えてみる。

今、市場では形状や色その光具合に至るまで
各種の電球が市販されている。
レトロな電球を選ぶと言う事は難しい事では無い。

しかし、それらをそのまま剥き出しで使う事は
いささか抵抗があるのだが、古い建築物では以外と
多用されてあり、それが何とも良い味を出している。

美しいと思わす、幾つかの法則が存在していた。

1、決められた間隔と線上にある事。

2、電球の座りに一定のパターンを持たせたデザインが
ある事。

3、天井が低い事。

4、木や藤、皮、アイアン、ブラスと言った相性の
よい素材を選ぶこと。

欲を言えば、取り巻く木材はオークやチェリー、Dファー
などの赤みを含んだものとの相性は抜群である。

どうしても大正ロマンと言う方向に行ってしまう
訳である。


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2008年6月19日 (木)

6月19日

木彩工房さんの新しいチンクダブテイルが
始まっている。

詳しい更新は木彩さんのHPにて拝見頂きたい。

私と木彩工房の辻代表との共通のゴールはこの写真の
様な色、質感、風合いそして侘び寂びである。

「Rural」や「Rustic」と言う美学をそろそろ理解しても
良い頃ではないだろうか。

それは、外に向かって発するものでは無く、自分自身の
哲学に訴えかけるあくまで個人的な充足感なのだ。

そう言うところにしか、幸せは無いと思う。


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2008年6月18日 (水)

6月18日

フレーザー川の河口に原木を見に行く。
今回はまだ水揚げされていないものであるから、
ウォータータクシーをハイヤーし、しばし水の上を
揺られてのお仕事である。

原木は汽水に浸ける事で、そのクセを取り入った
虫を殺す。そして水中でアクが流れ出す。
つまり海中で血が止まらない、あの原理である。

汽水域には多くの原木が繋いであり、言わば天然の
大きな佇木所なのだ。
この障害物が小魚や幼魚の良い隠れ家となり、落ちた
虫はその魚たちの餌となる。時には鳥やアザラシの
休息場所にもなる。

こんなのんびりした事を言ってられるのも、天気が
良いからだろう。みぞれ降る冬の日、灰色の空の下
では、この川に生命体は存在しない。。
と書くことだろう。

今回はパインの原木を見に来た。
ティンバーフレームをパイン材で作りたいと言う
問い合わせである。原木の値段がシーダーの40%減
だから、当然家の値段も安くなる。Dファーほど暴れず、
割れも少ないので、賢い選択と言えよう。

途中、取引しているクイーンシャーロット島の業者の
Barge(平底貨物船)に出会う。船を寄せ、お互い
軽口を叩き罵り合う。「頭が光っていたので、君じゃないかと
思ったよ。。。」「僕も魚臭い田舎っぺの匂いが立ち込めてい
るんで、君たち来てるのかな。。って考えていたんだ!」
粋な会話と言うやつである。

この人達も今日は穏やかに見えるが、
年に何度か時化に会い、この積荷のすべてを海に
さらわれる博打事業である。大時化の時は
このBarge自体を切り離すと言う。時化が終われば
ヘリコプターを出し引き上げに行く。スケールの
大きな話である。

積荷の半分は電柱用のレッドシーダー(カナダでは
電柱はまだ木なのです。しかもシーダー!)、もう
半分は原木シーダーであった。

今日は事も無く、平和に我が1日は終わる。


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2008年6月17日 (火)

Elegant Gypsy

アルディメオラを聞きながら作っていると
こんな箪笥になった。

私の陰と陽が出せた満足の行く作品である。

これはプレゼントに作ったのだが、その方の
旅情をそそる。。。
そんな作品になればと言う想いで作らせてもらった。

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2008年6月16日 (月)

6月16日

カメラを持って散策していた時に出会ったドア。

観音開きで折れ戸式ガレージドアは珍しい。
何ともカントリー調で良いと思う。

吊りもとの金物に強度を求められるが、デザイン次第
では、大変面白いドアが作れるのでは無いだろうか。。

これだからバーンやワークショップ巡りは止められない。


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2008年6月14日 (土)

「Should」からの支配

ヴィクトル オルタの線を真似て盗んでやろうと
企み久しいが、またもや失敗に終わる。

どうしても自分の線になってしまう。

オルタの線、特にあの手すりに使われた線は
狂気である。
曲線に水平、垂直を混ぜ合わされる事は至難だ。
それをナチュラルに見せる事など、私には不可能
なのだ。

デザインでその中心や書き出しが見出せないもの
が好きだ。テーマが存在するが、構想がバレない
デザインが観る者を連れ出す、その想像力は無限
であり、自由である。意図してか、無意識か、
概念や固定観念が生じて無いと言う事になる。

情報や概念を持たない子供が描いた線が偶然にも、
理路整然としてしまった時の恐ろしさを想像して
しまう。

概念や観念に支配されている私から新しいものが
産まれる事は無いだろう。
恐る恐ると行なうコソコソとした真似の重なりで
しか無い。

悔しい限りである。

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2008年6月13日 (金)

6月13日

日本では振れ芯、偏芯と呼び多用されないこの
オーバーハング工法である。

イギリスで古い建築物を見て回る旅の中、この
オーバーハングには圧倒されて続けた。

スペースの有効利用、分散力学などいろいろと
説明も付くのだが、私は言いたいのはその押し迫る
迫力である。漆喰とオールドウッドと言う素材、
栄華を反映した装飾、石とレンガで作られた
このオーバーハング建築の集合体はひとつの森で
有るかの様なのだ。

そう、これは生い茂った鬱蒼たる森だ。

街灯暗き中世の夜、そこを通る者は黒いこの森に
飲み込まれまいとその行き先を急いだのではあるまいか、
そんな想像さえ呼び起こす迫力なのだ。

しかし、倒れて来るのではと言う感覚を持たない。
我々は造形物を1面で観る事をしないからであろうが、
この「頭でっかち」に反してその安定感はどこから
来るのであろうか。。。

梁や柱つまり構造体の大きさにその鍵はある様な
気がした。
大きな柱や梁は理屈無き安心感を我々に提供して
くれていると感じたのだ。

さて、この建物のコーナーに張付いて私を見据える
「逆さ悪魔」は実際にここにあったのか定かでは無い。
私から抜け出し、この写真にだけ納められた私の
リフレクションであるかも知れない。

もしかしたら、あなた方には見えないとか?

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2008年6月12日 (木)

6月12日

メキシコ滞在中に考えたルイス バラガンの建築に
ついて、スペイン建築やカソリックからの線の流れ、
土着的な色の原点、例えば写真のタラベラ焼きの様な
色使いについて私のあくまで個人的なバラガン論を
うだうだと書くつもりであったのだが。。
今し方、ブリツガー賞受賞の
バラガンのスピーチにぶち当たり、私は叩き付けられ、
踏みにじられ、塩を揉み込まれ、ポケットはまた砂で溢れ、
遥か昔に通り過ぎたと思っていたポイントに
放置されたままとなった。

もっともっと長い時間「孤独」を正視した者がいて、
その先にかろうじてそれを表現出来た作品がある。

孤独とともにあるときのみ、人は自分自身を見いだす
ことが可能である。
孤独とはよき友の事。
私の建築は、孤独を恐れたり避けたりする人のための
ものではありません。
(ルイス バラガン / プリツカー賞受賞演説にて)


バラガンの「赤」は眼に映る赤では無い。

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2008年6月10日 (火)

NKさん

私が毎日観させて頂いているNKさんのサイト。

たくさんのインスピレーションを頂いています。

写真をどうこう言える程、知識が無いのですが
この人の知性と教養がもろに出た写真があり、
その作品の深み、品と言ったら。。。

この方がパリで、スイスで、サンマルコ広場で
セントラルパークでそして神戸で独り腰掛け、
物思いにふけり、時々カメラを持ち上げるシーン
を想像してみる。。。

そこに浮かんでは消え、見え隠れしている言葉や
思考、音楽やピクチャー、映画の一こまであったり、
それらがこの方の頭を占領してしまいシャッターチャンス
を失ったりしているのか。。と想像してしまう。

そんな写真の塊なのだ。

6月10日

今回もまた地球丸さんの「夢の丸太小屋に暮らす」誌
に記事を書かせて頂いた。

その中の「カナダ通信」で、これまで私が一番
言いたかった事を書けた様な気がした。

「リサイクル」や「エコ」と言うテーマであるが、
今のところ、個人のレベルでしか動けない、語れないテーマ
である。無力感すら持ってしまう。
何事も辻褄が合わないので、深く考えると絶望する。

しかし、何処からか
始めなければいけないのであろう。それが、欲に満ち、何事も
簡単に手に入れる事が出来る様になった我々であるにせよ。

その昔、開拓民達が建てたログキャビンが既に1800年代に
解体されもう一度再利用されたのは、何もこの「エコ」と言う
思想があっての事ではない。金と手間を惜しんだだけの話である。

しかし、そこには我々が忘れかけた「勿体ない」と言う精神
が大筋として横たわっている。使える物を捨てるのに抵抗が
あったのだ。

では、この抵抗はどこから産まれたのであろうか?
血の様な労働や経験からではないのか。
それらは簡単に得る事は出来ないと知らぬ限り、そのものを
どうやって「勿体ない」と感じる事が出来よう。

しかし、救いが無い様にも思える。
物が無い苦しみ、「勿体ない」を焼ごての様に知ったはずの
世代がやがて作り出した現在のシステムである。
昨日は飢えていたが、今日は腹一杯で余っているのである。

飢えていた時は、血相を変えてその椀を満たす事に必死で
あったが、その椀が満ちて来ると、椀ごと捨てて新しいもの
を買いましょうと言ってしまったのである。

必然と言えば必然のプロセスであったのだろう。
だから、ここに来て個人のレベルでの「エコ」であり、
「リサイクル」なのだと思う。大きな変革になる
本当の「きっかけ」が訪れるのか、訪れずに自滅するのかは
定かで無い。
そのエネルギーの革命が起こるまで、この個人のレベルで
いやしくも、1日でも長く現状が続いてくれる事を祈るしか
無いのであろう。

ひとつだけ事実がある。
再利用が簡単な素材とそれが難しい素材があると言う事。
個人のレベルでは前者を選ぶしか、他に道は無さそうだ。

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2008年6月 7日 (土)

6月7日

今、日本の若者達は(年齢の定義はしない。)
親の世代がガムシャラにしがみついたものに拒絶反応
を起こしていると言う。

家。。。30年ローンを組んで返してもその時の価値は
ゼロ。ナンセンスである。

車。。。高級車に乗る事に何の価値も見出せない。

時計、貴金属。。。「高価だから」と言う理由ではもう
選ばない。

海外旅行。。。シンドクてめんどくさい。国内の方が
楽しめる。

良い傾向にあると思う。「成金」に憧れていない。
ヨーロッパの若者が30年前に通り越したステージである。

この4代アイテムを分析して見えて来るのは2つの事である。
ひとつは、自分に取って価値のあるものを模索している事。
もうひとつは、高価な物を身につけても、人の行った事の
無いところへ行っても、期待通りに人々は驚いてくれ無いと
気付き、モチベーションが下がったと言う事。

これは、明らかに「自分自身を探すステージ」に入った
事になると思う。他人の視点では無い。
今は、毎年携帯電話を変えているだけの若者達だが、
その中から必ず、ライフタイムで自分を満足させる
オンリーの物選びを行なう輩が出て来る。

その輩たちだけが、この写真をモダン空間のピクチャーの
中に取り込めると言う想像力を持つ。

そのヒントをかろうじて与えてやれるのは、30、40、50代の
世代の義務であろう。(勿論60代のかたも)

残念ながら、それは今の日本の住宅事情からは発